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大学時代に書いたテキスト

 5年以上前に書いた短い文章です

当時好きだと言ってくれた友達が多かったのと、なんとなくどこかに残しておきたくて、note一投目はこちらに決めました。色々書いてみたいかんがえごととか気持ちは沢山あるのに、きちんと形にして整えるのって、大変なんだなぁ。下書きが溜まるばかりです。ということで、昔の自分に甘えてしまいました。笑

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   音を食べて生きていこう、と決めた。それが、きっと私にとって一番自然で、気持ちの良い生き方であると思った。目をつぶって、生まれつき敏感な聴覚を研ぎ澄ませる。食事に口は使わない。耳から流れ込んでくる音をそのまま体の中に溶かして消化する。じわじわと体に染みてくるあったかい音に、体が温まる。小さい頃飲んだ、かぼちゃのポタージュの温かさを思い出した。創太が作る音楽は、かぼちゃのポタージュに良く似ていた。あったかくて心地よくて甘ったるい、オレンジの音色。微かにしゃりしゃりとした食感の、耳に残るざらつき。

 小さくて薄汚れたライブハウスのステージで、ひっきりなしに創太は音を作る。時折聞こえる歓声が調味料。ステージから一番遠い角に身をうずめて、私は、創太の音をむさぼった。
「おまたせ」
  創太が近づいてきた。創太の出待ちは私の日課だった。いつもライブで心血を注いで音を作る彼は相当疲れているだろうに、私をいい加減に扱ったことはない。彼らしい、暖かい視線と言葉をくれる。
 彼はライブ終わりに、すぐ近くの居酒屋でごはんを食べる。生ビール、枝豆、揚げ出し豆腐と、とりから。その後のオーダーは彼の気分によって変わるけれど、とりからまではテンプレートのように口調も間合いもいつも同じ。私はすっかり暗唱できるようになっていた。運ばれてきた枝豆が私の目の前に置かれることにも、もちろん慣れっこだ。鮮やかな黄緑色のそれを手にとった。口に含むと塩の味。思わず顔をしかめる。

「ちゃんと食べきったらご褒美あげるよ?」
  とりからにレモンをしぼりながら彼は微笑む。私がご褒美が欲しくてたまらないことを彼はきちんと知っているのだ。
 私が口にする固体の食べ物は、今は枝豆だけになった。主食を音に移す前から、あまりものを食べることはしなかったように思う。肉や魚なんかの、かつて生きていたものの体を食べると必ずお腹を壊す。彼らが生前蓄えた生命力やエネルギーは私の薄い体には強すぎた。炭水化物もあまり好きじゃない。野菜や茸なんかの、体に熱を持たせないような、到底体を豊かにすることができないようなものを食べて命を繋いできた。彼は初対面の時点で、ほっといたら霞になりそうな、私の輪郭の薄さに何かしらの危機を感じたらしい。初めて会って、初めてこの居酒屋に来たときに大量の食べ物を頼んで私にすすめてきた。彼が作る音を聞いた瞬間に、音を食べて生きていくことを決めていた私は丁寧に食事を彼のほうへ押し戻したのだけれど、彼は粘った。食い下がった。わかった。お前がどれか一品食いきったら、曲を作ってやるよ。
 魅力的なご褒美だった。曲。私の大好物。彼が作る音の集合体。欲しくなった。そのときテーブルにのっていた中で一番食べやすそうな____小鉢に盛られた量も少なめの__枝豆を、私は食べきった。ご褒美の曲は、それはそれは美味しい。聞いて飲み込んで体に溶かすのがもったいないほど美味しい。
 その日以来、私は枝豆を食べる。主食を手に入れるために。彼の作る曲をむさぼるために。私がもくもくと枝豆を咀嚼する様子をみて創太は嬉しそうに目を細める。もうそろそろ枝豆なんかじゃなくて、もっとちゃんとしたもの食べられるかもな。私は、答えない。
 居酒屋を出たら、彼の家に帰る。畳の色が変わった和室一間だったが、せまっ苦しいその部屋は私のお気に入りだった。彼はシャワーを浴びたあとすぐに布団に潜って泥のように眠る。明日もまた、彼の音楽を求めて群がる人間のために音を作らなきゃならないから。きっと彼らもまた、創太の音を食い荒らすために夜な夜な集まってくるんだと思う。無意識のうちに、音乞いをする目をしてる。創太はたぶん気づいていない。自分の音がこんなに求められ、人の心を慰めていることに。彼が無意識のうちに、命を削って作り出す音を、みんな待っている。彼の音は、触れて手の中に閉じ込めてかわいがるには繊細すぎる。だから、みんなひと思いに飲み込んで、お腹の中でその温かみを感じ取る。じんわりじんわり、ぬくもりをお腹にためる。かぼちゃのポタージュのような温かみ。気取らない、野暮ったい優しさと甘さ。一度感じたら、忘れることはできない。
 初めて彼の音を聞いたときに、私はたぶん、世間の女の子とおそろいのスカートとおそろいのりぼんと、おそろいの口調を身につけていた女の子だった。ちょっとおとなしい、街の雑踏に身を隠して生きていた女の子。彼の音があれば、これさえあれば、私は生きていける。思った。彼の音を食べよう。糧にしよう。他に何もいらない。ひとつも取りこぼさないように。全て私の体に収めて生きていくために。家は、どこだっけ。名前はなんだっけ。なにも知らない。思い出せない。でも、それで、いいと思った。彼の命が尽きて、彼から音が出なくなるときが私の死ぬときだ。それまでは、ただ、彼の音に浸っていたい。今の私には、彼の寝息すら、愛おしい。微かな衣擦れの音も一緒に飲み込んで、眠る。

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しらたま
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