記憶シュ 急進=九進
今回の器具はスポイト。取り出すといえば定番の物だ。
ただ、一般の物と明らかに違うのは、吸い上げたものを溜める部分が種の形をしている点。
これは傷口につけて使わず、ドライヤーのように少し離して使う点。
そして当然ながら記憶を吸いだせる点だ。
ちなみに白麗が興味本位で普通の水が取り出せないか、と実験したところ、実験は失敗に終わった。水はすえないらしい。やってもやっても一滴も汲みあがってこなかった。
そして無駄にラメの入った、種のサイズに合わせて大きめのソレを見て、みるは少し元気を取り戻したようだった。
「わあ・・!面白い形・・・!」
でも声には隠してきた本音を出して落ち込んだからか、少しハリがない。
「これで、そこからチュウウって記憶を抜くからなあ~どうだ?楽しそうだろ?」
歯を見せて笑うと、みるはうれしそうにニコニコとした。
「はい・・!それでどの記憶を盗ってくれるんですか?あ、「とって」の「と」は泥棒の盗ですからね!この泥棒!」
いいながらキャッキャとはしゃぐみるに、頬が緩む。
何だかんだ動揺しながらも、この子のはしゃぎ方が好きになっているようだった。
「ハイハイ、で、泥棒は寛大だからお前から盗るのは何がいいか、選ばせてやるよ。何がいい?」
俺もすっかり落ち着き、その落ち着きようは腕を組みながらふふん、と尋ねられるくらいだ。
「うー・・・・ん、即決が難しい質問ですねぇ・・・・あ、でもそっか。不都合があれば戻してもらえばいいんですよね?足し算も出来るんだから。」
なんてケロッと俺を見上げるみる。細かいところまで聞いてないようでやっぱりちゃんと聞いてる。
「まあ、そうだけどさ。せっかくならコレ!って一つに決めちゃったほうが後々楽だし、後悔もしないよ?」
ですよねえ、と俺の真似をして腕組みしながらううーん、と唸るみる。
さあ、彼女が何を捨て、その結果どうなるのか。それだけでこの〝待ち″の時間が短く感じられる。それにどうせこの子は即決だろう。
「はい!決めましたっ!」
ほらね。
そんなに長く考えるくらいならパッと決めちゃうような子だ。秋山みるは。
「あたしの『いい子ちゃん』の要素を消してください!!」
えー・・それ、自分はやりたい方向に舵切れて楽しいだろうけど、俺がつまんないじゃん。
「いい子ちゃんって、例えば『校則に従ってきっちり動いちゃう』とことか、『敬語や挨拶や礼儀』とか『お酒やタバコやビデオ屋の向こうが凄く気になるけど、解禁されても絶対そっちには行かない!』って難く決心してるとか・・・あ、『聞き分けのよさ』とかも?」
大体こんな感じだろうなあ、と思いながら聞いてみると、彼女ははい、と大きく首を縦に振った。
「あたし、やっぱり髪はこの色に染めたい!
母上寄りの黄色の入った緑に、父上寄りの紫色!これがあたしって感じ、凄くしてますもん!!
あとあと!あたしがあたしらしくいるためには、一回色々忘れちゃった方がいいと思うんですよお!!
こんなにあたしはワガママに生きれるんだっ!って体と心に覚えさせて、それからまだ学生ですし・・・最悪警察沙汰もまだいける・・・・と、ともかくっ、そんな経験のある大人って、きっとどんな無謀なことにもおくさずいけると思うんです!」
目をキラキラさせながら、自分の頭の中で、当分楽しんだら記憶を返してもらおうとしていることもわかった。
ま、礼儀を欠いた秋山みるも見てみたくはある。そして全てを取り戻して悶絶する彼女も見て見たい。
「じゃあそれで行こう。返すのはどれくらい後がいい?」
「うーん、とりあえず一ヶ月後で!」
ビシッと人差し指を立てて宣言したみるは、目を開いて緊張した様子でスポイトを、食い入るように見ていた。
「了解・・・・始めるよ」
彼女のかすかに震える膝に、スポイトを近づける。恐怖なのか、武者震いなのかわからないな、と思い口角が上がる。
膝の傷と触れるか触れないか位の距離で、スポイトをつまみ、離す。
スゥゥゥとスポイト自身が息を吸い込むように、勢いよく空気を吸う。
赤い傷の中から押し出されるようにして黄色い膿がスポイトに吸われる。
膿の供給は収まらず、途切れることなくスポイトはそれを吸い続ける。
膿は奥へ奥へと進んでいき、種の部分にたまっていく。そこに一度おさまれば、段々と固く種の形へと変貌し、スポイトの許容量を越えれば膿はもう押し出されなくなる。そうなれば二本目にうつるだけだが。
まあ、幸いなことに一本ですんだ。
それも種の型の部分をあまりはみ出さず中々綺麗な形の種だ。
「おおお・・・」
これでみるには、ただでさえ多くなかった常識やマナーは皆無だ。
さて、どう出る。
「兄さんよぉ。あちきの種と交換にここらの種貰っていくわん」
あちき。よりにもよってあちき。
というかあまり変わっていないような。まあでも等価交換にならない辺りが常識知らず・・・なのか?
「あっ、こら、勝手に持ってくな」
ビンを片っ端からスクールバックに詰めだすみる。
おお、おお。これは常識知らず。
「別にいいじゃんかよぉ。あちきの種は高いんじゃよお~?なにせ、お家が特殊だけんのぉ~」
もう個性が渋滞していて何語なのかわからない。
「あっ!そだ!!バーに行こう!!」
言うか早いか走り出そうとする。
俺はとっさにみるの腕を掴んで、驚き動きが固まった隙を突いて、肩に手を置きなおし、下方向へ力を入れて座らせた。
「別にバーは勝手だが、やるなら記憶を全部飲んでからにしろ。正しい使用方法がわからず捨てるようならもったいないからな」
そこの心配ですかあ!?とみるに突っ込んでほしかった気持ちが若干あるが、当然そんな返事は帰ってこない。
ただふてくされたような顔をして、俺を睨んでるだけだ。
「このまま口に放り込めばいいんか?噛み砕いてやるだよ」
そういって種を一つ歯で挟み、割ろうと力を入れだす。
確かそこのは――じゃあいいか。やらせておこう。
バキッと強い音がして、種が壊れ、中から汁が飛び出す。
「あふっ!んだこれ!!熱っ」
そう。
熱い熱ーい情熱に燃える森脇千尋君の種、バージョン2だ。
ま、別に他のどんなに冷酷なやつの種を砕いても、中身は熱いが。
「しかも塩辛いぞよ!!!」
そりゃあ、人間の人生のつまった種が、甘かったりするわけないだろうが。
「ん゛ん゛~~」
口を押さえ涙目になりながらそれでも飲もうとするみる。
常識からくる行動じゃないんだから、これはあれか。
好奇心が勝って、熱くて塩辛いそれを飲もうと必死なのか。
「ん゛飲めだっ!」
そうしたら頭の中を駆け巡るはずだ。森脇君の記憶が――あ、駄目だ。コイツ、拘束して記憶を抜かないと。
「っ!!!!!」
彼女の目が見開かれる。
俺がとっさに手にした床下収納のバールの所為ではないだろう。記憶が流れ出したんだ。
今がチャンス。
俺は大急ぎで縄を取りに奥の部屋へ行き、ついでに二つ前の看守の新田君がくれた手錠も持って戻る。
彼女が俺を見るその目には、恐怖が宿っていた。
そりゃそうだ。森脇くんの不意打ちで記憶抜かれたところまできっちり入ってるんだから。
しかし【普通】が通用しないみるのことだ。このまま大人しくやられるはずはない。
だが今、危険を冒さねば話した記憶師の内容が洩れる。押さえつけなくては。
無言でジリジリとつめ、彼女の手に手錠を通す。
あれ?すんなりいった。思わず彼女を見ると、その顔は恍惚としていた。
「・・・・は?」
「えへへへへ~」
どうやら。
物珍しい体験が出来れば、何でもいいらしいな。秋山みるは。
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