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秋山みる、と名乗った彼女はくるっと踵を返して、撫でられ待ちの犬みたいな視線を送ってきた。
「ハイハイ。立派な考えを持っていて大変素晴らしい」
言うことを大人しく聞いて頭をなでてやると、今度は不思議そうに俺を見上げてくる。
――大体読めてきたぞ。こうなると今度はマシンガントークが飛んでくるんだろ?
「あ・・・・あの、恥ずかしいので・・・その辺で・・」
よく解んねぇぞ、この娘。
何故大声でキャーキャー言ってベラベラその内黒歴史になりそうなことを話すのはできるのに、スキンシップは駄目なのか。
ますます興味がわいてくる。
「じゃあさ、一個言ってみたいのがあるんだけどさ、いい?」
この解らなさを計るため、俺は彼女を試すことにした。
「来たら今度は質問をされる側になるからさ、名刺の住所に一度来ない?」
もちろん、名刺の住所はすぐそこの交番だ。
「え・・・?どういう・・・ご縁?」
どうして今じゃ駄目なのか。みたい感想は出てこないんだ、やっぱり。
「じゃあ、俺これから仕事だから行くね」
またねーと、愛想よく手を振って、俺は公園を後にした。
つけられてれば分かるけど、一応遠回りに遠回りを重ねて山へと帰ってみた。
歩きなれたこの坂も、すっかり目に留まるようになった木々にふさがれた社の入り口も、「記憶シュ」に来る人間の大半にとっては初めての経験なんだろう。
ここに来る半分は、ヨミに引っ張られて苔の生えた社を眺め、この先どうしようと思いながら古ぼけたそこに賽銭を入れて拝んでみれば、白麗がひょこっと体と一緒に現れて連れて行ってくれる。
もう半分はというと、ヨミや白麗が作業中か、どちらかが相性悪いのを探知して来るまで放っておいてる。
その作業を繰り返すため二人は外出もせず、今日も今日とて俺の帰りを待ちわびているんだろう。
ま、片方は土地を守るため外に出れないカミサマで、もう片方は自縛霊。土台無理な話だったか。悪いこと考えたな、俺も。
社を曲がり直進をし続けていると、やがて木々の密集が収まっていき、開けた場所に出る。
階段は広く三段。手すりがついて、玄関へと続く扉は長方形。
上には四角い窓穴が開いているものの、十字の木枠の中にも木が埋め込まれ、完全に何も見えない。屋根は浅く、正面と干渉しない。
それでそんなにこだわっておいて、整備はしていないという、荒いながらもこだわりのある小屋。我等が記憶シュのおなーりー・・・だ。
「ただいま」
でもこんなに長々とこだわりを思い起こしていても、別に立ち止まったり感慨にふけったりもせず、ただいつも通り中に入る。
「おかえりなさい!」
「おかえり」
白麗とヨミが来客用の机に座った状態でこちらを見た。談笑していたらしく、二人の手元には紅茶がそれぞれある。
「お客、来たの?」
ここに机一式が出されてるのは決まってそういう状況の時。そうじゃなきゃ奥のスペースでやってる。
「そう。でも記憶シュのお客さんじゃないの。変な人ではあったけれど」
いいながらお盆にティーポットだけを乗せて立ち上がって奥へ引っ込んでいく。椅子をもう一つ用意してくれるらしい。
「そうそう!変な人でしたよお。ヨミのことを探してわざわざ遠方から来てくれたんですって!」
言ってから、あ、これじゃあヨミのためにはるばる来るのがおかしい、って意味になりますよね。と苦笑いの白麗。
「なんでも、大昔祖先がこのあたりに住んでいて、で、祖先がすごくヨミさんにお世話になったから、お礼がしたいーって」
「へえ・・・ヨミなにしたの?」
大昔、というからには相当昔。
年代バラバラの大量の俺の記憶を持ってしても、そこにはたどり着けないだろうなあ、と思い素直に聞いた。
「別に、たいしたことはしてないの。その人に信仰されてた頃、悩んでたからアドバイスしてあげただけ」
といいながら椅子とカップを連れてヨミが戻ってきた。
「そうなんですか?なんてアドバイスを?」
詳細は知らなかったらしい白麗がカップを持ちながらヨミへ体を向けた。
「『誰も、歩んできた道のりに間違いはない。』・・・って。彼、手入れのされた高そうな衣装だったでしょ?調子乗って茶色く髭まで生やしてたのは気に食わないけれども。彼の一族は大きな判断を任されやすくて。ああいう体質なの。昔から」
「その癖、選択を後悔しがち。で、ヨミのアドバイスで事が上手くいき、おそらくずっと探していて、で、やっと見つけた。じゃあ今回からこの先、代が変わるたびずっと、拝みにきそうだな」
大体解ってきた。
「まあ―――おおまかにそれね。でも、どうして今の今まで見つけられなかったのかしら。私はずっとここにいたのに」
少し不満げにヨミはいう。
「・・も、もしかして・・・今まで・・・見えてなかった、とか?」
白麗が言った後、ヨミが更に不満そうに俺を指した。
「じゃあ何?クルメが私を巻き込んで記憶の売買を始めたから、私は実体化したとでも言うの?・・・いえ、ごめんなさい」
でも余りクルメに恩を売りたくないの、とヨミは続けた。その横で白麗がしょんぼりうな垂れていた。
「おいおい、ひでぇな。俺に恩を売って得はあっても、損はねぇだろうよ」
ただでさえ記憶を渡してる、ってのに。
あ、いや、それが嫌なのか。人間様にこき使われるから。
「損得じゃないのよ。恩を売られたら、返さねばいけないでしょう。それで返された恩はまた、相手へと送られる。この一連が嫌なのよ。だったら利害関係のままがいいわ」
それっていつか、返せなくなるでしょう。とヨミは俺達から目線を外した。
「どうせいつか死ぬんだから――貴方も、私も」
土地神は信仰が命。
以前契約を結ぶ際の知識として、習ったことがある。
土地神は俺達にとっても生命線だ。なにせ、土地神+もう一人+記憶シュでなりたっているのだから、それが一つでも欠けてしまえば契約しなおしとなる。
「もう一人」が死んだりどうかしたりしても、まあ、換えは利くのだが、「土地神」が消滅でもすれば強制的に移転が決定する。せっかく集めた土地の情報やコネクションも全て作り直しだ。
土地神にとっての「死」はすなわち信仰がなくなること。
そしてその信仰を集めるために「記憶シュ」のあれやこれに乗っかって生きる選択をする土地神がまばらにいる、というわけだ。
神はみんな我が強いため、基本的には誘いに乗っては来ない。
だから俺はてっきり、ヨミもそういう種類の性格をしていて、人間を見下しているもんかと思ってた。
ふぅん、予想外。
今日はこれが目立つなあ、と思いつつ手を上げた。
「今から三ヶ月以内のどこか。おそらく、髪色のおかしな眼帯娘がここを嗅ぎつけてやってくる。そしたらお出迎えはせず放っておいてくれ。店の中に入ってきても、基本無視で」
で、帰る寸前に俺が交渉を始めて記憶を抜き取れば、それまで何を考えてそこにいたか、を存分に楽しめるはずだ。
「・・・さては」
体を震わせている白麗が、キッと俺を睨みつける。
「また何か企んでますね!?いい加減その予定調和癖どうにかしたらどうですか!!」
「えーそんな怒る~?」
我慢の限界だったようで、白麗は机を叩いて立ち上がった。
「怒りますよ!!一体その予定調和を何人やらかしてきたと思ってるんですか!始まって一ヶ月してないのにもう十四人ですよ!それでいて終わったらぶうたれてぇ!」
白麗が助言をするときはきまって、呆れたように文句を言うだけなのに、今日はやけに熱が入っている。そんなに嫌?
「まーまーでもさ、今回はちょっとワケアリなんだよ。その子、何しでかすかわかんないから、あーアレ、いつもの名刺渡して放ってんの。今回は楽しめそうだなあ、って思ってるから、心配いら」
「ねぇじゃねえです!もうこれきりにしてください!僕、つまらなそうにしてるクルメって嫌いです!」
相当頭にきていたらしい。白麗はお盆を机から奪い、全員のカップを下げ、ついでに飲み干し奥へ引っ込んでいってしまった。
「・・・・ねえ、ヨミとは話してたんでしょ?何アレ、反抗期?」
「曰く、『自分で結論を出すまでヒントあげないでくださいね』」
立ち上がりヨミも奥へと引っ込んでしまった。
なんだかなあ・・・。