記憶シュ 六片+一片=七片
トゥルルルル・・・発信音が鳴る。
浩二が考えるのを止めて呆然と君也越しに目の前の光景を眺めだすこと一時間――ようやく連絡網が見つかり、君也は浩二の携帯で電話をかけ出していた。
『はい。長谷川ですけど。』
疑うような、怪訝そうな女性の声がする。
浩二はそれが君也の母だと確信した。そして怪訝そうにしているのは、知らない番号からの電話だからだろう。
彼女はいつもそうだ。知らない物に対して疑ってかかる。
「あの・・・君也くんは、いますか・・・?お、おれ、君也くんの同級生なんですけど・・・」
君也がまた、浩二の物まねをし始めた。しかも事前に川上さんにこれで行くという、設定を話していたが、完全に浩二のそっくりさんだった。
浩二はうんざりした様子で目頭をもみたくなった。何でこんなに似てるんだよ、畜生。
それに勝手に同級生にするなよ。
『あ、そうなの・・・?ええっと・・・君也に会いたいのかしら?・・・だったら、遠慮してくださいせん?』
母は意外なことを言った。普段なら絶対、そんなことを言わない。
母は疑り深いのに非常に素直で、それ故に大抵のことは挙動不審にならずに言えば理解してくれる。
まあ、そんな母だから色々なものに騙されて、それ故疑うようになったのだし、だから母は君也の中で、『例え他人でも信頼できる女性』、になっている。
流石にその母でも『息子』がいるのに『息子』から電話がかかってきたら疑うだろう。
と、君也は同級生に成りすましたんだと思う。
浩二は結局、考えていた内容とは別の結論を出した。
「あ、えっ・・・と、それはどうしてでしょうか?・・・おれ、すごく会いたいんですよ。会って話がしたいんです」
このとき、横から内容を聞いていた川上さんが、片手を伸ばして「電話を変わってくれ」、というジェスチャーをしていたが、君也は片手を上げて断っていた。
『でも・・・君也、変わってしまったんです。あなたがいつ頃のお友達か存じ上げませんけど、会わないほうが悲しくなりませんから・・・』
母の声は落ち込んで、今にも泣きそうだった。
君也の脳裏に、姉と沈黙の姿がよぎる。
君也は今も生きて、実在している。
そしてその君也に変化が起きたのなら、かなり精度の高い確率で、原因は今浩二が保持している記憶が欠落しているからだろう。
浩二はこの記憶を返さなくては、という強い使命感にかられた。
「行きます!君也君が今どうなっていようと!僕には会って話さなくてはならない義務があるんです!」
突然立ち上がり、強い口調になった君也をみて、川上さんが目を丸くしてこちらを見ていたのが、目の端に映った。
そうだろう。この口調は、かつて知っていた君也でも、さっきまで話していた臆病な浩二の物まねの口調でもない。
この身体の真の持ち主である浩二自身の声だった。
「君也がいるのは、変わらず実家ですか!?だったら今すぐにでも行きますから動かないようにお伝えください!」
言うが早いか、母の「ええ」がギリギリ聞こえるか聞こえないかというところで電話を切り、川上さんを見た。
「ありがとう!どうにかなりそうだよ!今度はちゃんと、君也として話に来るからね!」
「え・・・?あ、う、うん」
呆気に取られた様子の川上さんを気にも留めずに、浩二は走り出した。
川上さんの家ははじめて来たけれど、このあたりの地理はよく知っている。
君也が友人と遊び歩いていたおかげで、抜け道や住宅街に詳しいからだ。そして、その記憶は君也のものだ。返さなくては、君也は君也ではいられないのだ。
浩二は無我夢中だった。自分の中にある君也の人格に愛着がわいていたのもあるし、何より自分が持っていることで人が変わってしまうきっかけになるのなら、返して元のままでいて欲しい。
その一心で山登りで鍛えられた身体を動かし続けた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
ひざを手で抑えて、肩で息をしながら浩二はその家に到着した。
顔を上げると『長谷川』と、表札の文字。記憶の中にある家もこれだ。
そしてこの場所は、かつての浩二の家の近所であった。浩二が奇跡が起きることを願いながら眺めていた住宅街だった。
インターホンを鳴らしながら、浩二の頭には君也に対する愛着が、ただ単に記憶を飲んだから、ではないような気がしていた。
今思うと君也の雰囲気に既視感がある。なにかこう――ずっと前にあったことがある気がする。
既視感の正体を探ろうと、自分の記憶を漁っていると扉が開いた。
「あなたが・・・電話をくれた方?」
その瞬間、君也の記憶に引き戻された。
ああ、母だ。すごく見覚えのある。
「はい。そうです。君也くんはいらっしゃいますか?」
彼女は少し黙り込んで、じっと浩二の方を見た。
何だろう、何か審査でもされているようだ。しかし浩二は君也のことで頭がいっぱいで、それを見つめ返しながら、どうやったら通してくれるかを考えていた。
「・・・・もしかして。こうじくん?」
「え?」
目を細め、ううんと考えながら彼女は正解を言った。
やはり既視感はただの記憶ではなかったんだ。
「ちょっと待っててね。確かアルバムがあったはず」
そんなことをいいながら奥に引っ込んでいく母。
正面に誰もいなくなったので、いそいそと玄関まで行き、それでも待っていて、といわれたので大人しく待っていることにした。
でも、誰だろう。どんなに記憶を探っても思いつかない。
あんな派手な男なら関われば覚えているし、アルバムがあるくらいなんだから、浩二と君也の仲は中々のものだったのだろう。ニッと口の端が緩んだ。
そしてまさか、たまたま覗いた記憶の一部になれていたとは。すごい確率だ。浩二の持っている記憶にはどちらにも残っていないが。
それが唯一惜しいところだ。と考えていると、母が戻ってきた。
「お待たせ。ほら、あったよ」
そういって彼女が開いたアルバムのタイトルの端が一瞬映った。『稚園』。
稚園なんて書く場所はひとつしかない。
そして写真の中にいた浩二は、あの子だ――あの子に肩を組まれていた。
あの、浩二によく声を掛けてくれていた活発な子供。
熱心に声を掛けられて、その輪にいるだけで楽しめたあの時間。
それを作り出した張本人。
――長谷川君也と相田浩二には、幼稚園時代の共通の記憶があった。