「・・・・それで、姿が見えないんですか。白麗さん」
「いや・・・いはするんだよ。その辺」
天井付近を指差せば、むすっと口を聞いてくれなくなった白麗がひざを抱えてそっぽをむいていた。
「見えない・・・君也は?」
「ぼんやり・・・いや、噓。言われなきゃ無理だな。俺、霊感ねーもん」
しったかぶりを訂正しつつ、君也は、財布をしまった。先にお勘定が終わった相田くんはヨミに手招きされて寝室へと向かっていた。
すっかり治りつつある相田くんの怪我の治療とそれに付き添うために代金を割って割って払いつつ、近況報告を欠かさない君也。
「そういえば俺、方針固まったって前回言ったじゃないですか」
「カウンセラー志望しつつ、子供のいる場所で価値観に触れつつ、気兼ねなく話す――だね。それで、どうなったの?」
「通信の教本が届いたのと、アルバイト、受かったんですよ~!」
「おお!おめでとう!」
ま、そろそろかな、とは思ってたけど。しっかし、本当に相田くんが叫んだカウンセラーを志すとは。狭いねえ、面白みがない。
「やっぱり俺は人に話すのが楽しいんです!特に裏表ない子供に話すのは!・・・っていっても、取り繕ったり、一人一人隠し事があったりしますけど・・・でも、リアクションが素直でやっぱり楽しくて!」
まあ。充実してるんなら何より、と返しながら俺の本心は何を思っているのか考えてみる。
つまらない。楽しめない。飽きてきた。
しかしまあ、俺の組んだ策略によってここまで変化を干渉できるのは面白い。
相田くんを負傷させなければ、本来支払いは年一の近況報告+代金か、一括で払ってもらうかだったから、これでよかったな。
「それですよ。そのつまんなそうな顔になるから嫌なんですよ」
いつの間にか耳近くで浮遊している白麗がそうぼやいた。
「それで、ストレスためて自暴自棄になってるんですから・・・おかしな話ですよ」
自暴自棄?俺はそんなことしてないが。自縛霊にはもしや、予知能力でもあるんだろうか。
と、するとやはりこの習慣は控えた方がいいってのか。ふぅむ、困るなあ。
二十年以上続けてきて弊害がなかったのに、今更長きに亘る癖を直せといわれてもな、というのは凝り固まって腐った考えか。
仕方ない、努力しよう。
「解った。解ったよ。控えます」
両手を挙げて白麗の方向に降参ポーズをとって見せると
「控えるんじゃなくて完全に止めてください」
とまだ苛立ちが治まらない様子。
これでも未来には影響しないのか?
はたまた、憶測自体が違うのか・・・兎にも角にも、俺の知らない破滅への道を知っている白麗には、素直に従っておいたほうがいいんだろうな。
「やめまーす」
「もっと真面目に!」
「おいおい・・・流石に注文が多いんじゃねぇか?」
人に指示される、という中々気に食わないことをしているだけに、ストレスも募る。
「あのー・・・白麗、何て?」
君也が不安そうに俺と、俺の向いている方向を交互に見る。(そして白麗とは一切目が合っていない想像頼りの方向。)
「あー・・・反省が足りないって」
やれやれ、と降参ポーズを花が開くように外に倒してやると、君也は乗ってくるでもなく、
「それはちゃんと反省しないと。意外と人からだと解りやすいのに本人気づけてない反省点ってあるもんですから・・・知ってますよね?」
君也の件は確かにそんな感じだったが――一緒にしないで頂きたい。あー・・これも老害か。柔軟な考えにはどうもなれない。
「ね」
とん、と頬を指で突かれた。不意を完全に疲れたことに青ざめる。
そして少し間をおいてその声に、目の端にちらりとうつる髪色にも、覚えがあることに気づいた。
「見っけちゃった~」
ニヒヒ、とうれしそうに笑う眼帯眼鏡娘に、不覚を取られたのもあり、今日は心底腹が立った。
「・・・どうやって見つけた?」
「えっへへーヒントは不審者の人!」
――浩二か。
「不審者の人を探すためにここ数日山周りをずーっと徘徊してたんです!
そしたら男友達と一緒に、やけに晴れやかな顔で話しながら登ってくる人を見つけて、誰かわからなかったけどついてったんです。
クルメ(仮)さんは、私に交番の住所を教えて、それでも来ない?と言った。
じゃ、噓付かれてないんだとしたら直前のあたしの会話にヒントがあったり~?って思ってたし、いいタイミングかなあ!ってワクワクしながら後つけてたんです!」
「・・・気づいた?」
責任を問い詰める目で君也を見た。
「いや全然です」
その眼光に嫌なものを感じたのか、素早く君也が答えた。
「ねっ、ねっ、凄い?凄いですか!?・・・今度こそ、質問させてもらってもいいですよね!」
ピョンピョンうれしそうに跳ねて、彼女は変わらないノリで続ける。
はぁー・・・・やられた。完全に。
「じゃあ、お客が帰ったらな」
取り繕う気もおきないくらい、疲れが押し寄せてきてカウンターに付いた手の器に顔を覆って体重をかけた。
「――じゃあ、日を改めます。いつがいいですか?」
何を思ったのか、やたら冷めた声で彼女がいった。
おそらくあのときのようにそっぽでも向いているんだろう。完全に声が違う方向を向いている。
「・・・・あの、お兄さん」
「ん?どうしたの?」
真っ黒になった視界の外で、君也と秋山みるが話している。
「お兄さん、あれって見えますか?」
ああ、白麗のことか。
「あれ?あ、えっと、見えないけど、いるってさっき聞いたよ。未明さんから」
にしても、自縛霊が見えて、普段染めた髪をつけてて、
「あ!そうなんですか?」
目に自分から指入れて、
「見えるんだ?」
前世からの友人がいる母がいて、あーあと髪色が元々赤なんだったか。母親。
「は、はい。ちょっと、そういう一家、というか・・・母方、いえ、母が特に。そういうの強くて。母が前世からのお友達とそういうのの話をしてたからか、何か見えるようになっちゃったんです」
こんなに濃いのに、自分に対してはからきし。そして今一読みきれない変人。
「そうなのか、俺は全然だから羨ましいや」
――覗いてみたい。この中を。
しかし頭が回ってこない。
「その子さ、地に足つけて立ってることもあるんだけど」
そうか。俺は不意を突かれるのに弱いのか。だから自己防衛のために、色々予測が立つように誘導しようとしていたのか。
「髪紫色で、全体的に白っぽくてさ、」
「あーこっちでもそんな感じです」
だから今、こんなにも余裕がないのか。
「あ!そうそう!俺とさっきまでいたもう一人で名前付けたんだよ!」
どうする。どう、冷静さを取り戻そうか。
「自縛霊呼びじゃ、余りにも、って感じだったから!」
「・・・地縛、霊?」
みるの呼吸が止まった、ように感じられた。
思わず顔を上げると、白麗が苦虫を噛み潰したような顔でみると見つめ合っていた。
そしてそうっと、指を口元に持っていった。
「・・・・・」
みるはそれを見て、何も言わずに頷いた。
「じゃあ、今日のところはこの辺で。あ、あと、もし良かったらそこの紫の子、借りていってもいいですか?」
みるは的確に白麗を指差しながら、俺を見た。
もうふざけたようなテンションのみるではない。
「いいけど・・・じゃあ返す気になったら、また戻ってきて。その頃には多分浩二も君也も帰ってるはずだから」
とりあえず、こういっておけば白麗が時間を見計らって、少なくとも帰る前に戻っては来ないだろう。
「わかりました」
みるは礼儀よく一礼して部屋を出て行った。