記憶シュ 三片+一片=五片
「こんなおいしい紅茶をどうもありがとうございました!もう種ってよりかはこの紅茶のおかげでしゃべれるようになった気がするんですよー!だってそれくらいおいしかったでですから!またきてもいいですか?今度は紅茶のパックかなんか教えてください!買っていきますから!」
口からスラスラと言葉が出続ける感覚に動揺し、浩二は目を丸くしながら話し続けていた。
「ええ。経過観察があるから次は三日後に着て頂戴。盗みに入るくらいだから、金品なんて持ち合わせていないでしょう?お代もそのときでいいから」
「ああ!ありがたき幸せ!」
浩二はわざとらしく片膝をついてヨミをあがめるように両手を挙げた。
頭の中でバチバチと電線が壊れたような妙な音がしている。
「それじゃあわたくしはこれで!今度は誰か連れてきましょうか!?きっと声をかければここを必要としている人がたくさん――」
「あー大丈夫。今度も一人で来てくれよな。それに記憶シュのことはあまり広めるな。後々自分が後悔するぞ」
クルメが面倒そうに言った。
こんな不甲斐ない自分に何か忠告してくれている!!
「了解しました!また来ますね!それではっ!」
両手をブンブン振ってうれしそうに犬が尻尾でも振るように、浩二は扉を閉めた。
「ふー・・・・・」
閉めた瞬間、ずっと身体を動かしていた謎の衝動が収まり、浩二は余りの変化にすっかりくたびれていた。
そして、記憶を飲んだためかずっと、声が聞こえ続けている。
『何とか喋りきった・・・怖かったー・・・』
この声色は、間違いなく浩二が記憶を飲んだ『長谷川君也』のものだ。
長谷川君也は、現在社会人。
昔からそのトーク力で多くの友人を得てきた――のだが、その記憶を飲んで、好き嫌いから、それこそ、ほくろの位置まで完璧に把握してしまった浩二は今、二つの記憶が混じりあって奇妙な感覚に陥っている。
「さてぇ!帰ってお上さんにごめんなさいっ、って謝んなきゃ!無断欠勤なんて人間がしていいことじゃあない!!」
この発言は浩二にかなりのダメージを与えているが、そんなことはお構いなしに、浩二となった長谷川君也は喋り続けている。
「・・・それで、菓子折りもって明日出勤したら、その後休みだし!斉藤君と柊誘って・・・あー、俺今、君也じゃないんだった」
ついついいつもの癖が――と、思いながら浩二は脳内で斉藤と柊が誰なのか思い出していた。
斉藤大我は、後輩のよく遊ぶ相手。彼の父と兄が政治家で、人脈が広いため、仲間が多いが彼自身は不良に近い。
柊誠は、長年の友人。小中高は同級生で、大学が違っていて、社会人になったら取引先で再会した。こちらも一時期芸能界にいたため、人脈が広い。
そんなわけで二人ともよく遊ぶ――遊ぶのだが、今は無理だ。
何せ顔が違う。
声も違うし、二人には俺しか知らないこととかないし、上手く俺が君也だってことを立証できねぇなあ・・・
浩二の思考を半分のっとった君也は歩きながら考えていた。
それにしてもコイツ、顔はまあまあしっかりしてんだから、もう少し磨いたら光りそうだな。
俺の新しい人生はこの顔で行くしかないんだし、とりあえず休日は自分磨きするかあ。
どうにか半分残った浩二は考えていた。
コイツは――未明店長が可愛く見える程、対極で、かつ苦手だ。
どうにかしてコイツを追い出したい――それに、自分の思考に入ってきて気持ち悪い。
まあただ記憶を共有してる分、思考回路はわかるし、情は沸くが・・・。
君也には、『喋らなくては』という脅迫概念が備わっている。
おそらく原因は、八つ上のお姉さんだろう。
彼に物心がつく頃には、お姉さんは十一歳前後。そしてお姉さんはとても寂しがりやで心を痛めやすく、よく泣いていた。
その泣き顔をどうにか晴らしたい、と小さな君也は奮闘した。
色んなことを試してみた。沢山沢山話しかけた。
お姉さん、こと結衣歌ちゃんは、君也が喋っている間は黙って涙を流しながら聞き続け、喋っている時間が長いとそのうち泣き止んで、ごめんね、と小さく泣く。
反対に、喋りつかれて君也が黙りだすと声を上げて大声で泣き始める。
お姉さんとしても、幼い弟の話は聞いていなくちゃ、という必死な気持ちで起きた事故だったのだろう。
でもそれが君也にとっては、喋り続けていなくちゃ泣かれる!という、「喋らなくてはいけない」自分自身への追い込みとなっていたのだ。
浩二にはそれがよく解った。
しかし、君也は見て見ぬふりをし続けているのか、自分の異常な追い込みに、全く興味を示さない。
浩二は記憶を全て取り込んで、『新しい君也の記憶』なんて現れないことはよく分かっているはずなのに、君也のことがすごく心配になった。
家路に着くと、君也は独り言の通り、電話をした。
よく口が回る君也は、無断欠席の理由を『かける電話番号を一つ間違えて、運よく繋がり、あせっていたので留守電に全部ぶちまけて慌てて外出した。
欠席の理由は、彼女のご両親が危険な状態で心身ともに弱って過呼吸気味の彼女を助けるため』とした。
そしてその言い方は、浩二のオドオドとしたしゃべり方そのものであった。
演劇でもしていたんじゃないか、と疑いたくなるが、残念ながらコイツにそんな経歴はなかった。
ただ事実として、かける番号を一つ間違えて正しく繋がってしまった記憶と、姉が過呼吸で、どうにかなりそうになりながら、救急じゃなく自分に電話をかけてきた記憶が、君也の中にはあった。
噓の中に真実を混ぜ込ませる技術はどうやら常習犯らしい。かける前、ろくに思考していなかった。ほとんどアドリブだ。
そうして上司から『じゃあ明日も休みでいいよ』との言葉をもらい、『申し訳ありませんでした・・・』としょぼくれた返事をして君也は電話を切った。
いまさらではあるが、ただ記憶を飲んだだけなのに、まるで操られているような感覚だ。
相田浩二、という人格は、そもそもなかったんじゃないだろうか?
…そんな気さえ起きてくる。
それとも浩二の、さほど主張をしない性格が裏目に出ているだけだろうか?
浩二は自由気ままに動き回る君也の、感性や行動を抑制しようと、すっと息を吸って、大声を出すことにした。
「あのっ!」
大声は確かに出た。
周りの通行人が立ち止まって、目を見開くくらいには。
「あ・・・」
どうしよう。どうしよう。やってしまった。
君也以外は見えていなかった。
――でも、なんとなく。勇気がわいてくる。
そしてわく勇気と比例して沈黙が恐ろしくなってくる。
「お・・・ぼ、僕、人探してるんですよー!」
とっさに頭が回りだす。この思考をしているのは果たして浩二なのか君也なのか頭の隅で気になった。
「『長谷川君也』っていうんですけど、ご存知ありませんかー?」
ニコニコ笑顔を浮かべながら、周りの人に近づいていく。
周囲は少し引き気味に、え、いや・・・だとか、知らないなあ・・・と言葉を濁す。
「長谷川くんなら・・・知ってます」
一人華奢で黒髪の女の子に近づいたとき、打ち明けるように彼女がもらした。
「え?ど、どう知ってるの?」
この話し方は浩二のように思えたが、浩二の脳内では、反応しているのは君也の方だと確信した。
――彼女は、長谷川君也が恋心を抱いていた相手だ。
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