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 顔に――違和感がある。あるべきはずの感覚がないような、妙な感じ。

 その違和感に何となく、嫌なものを感じて目を開けたくない。

 

 でもあけなくてはこの背中にある柔らかいベッドの感触と、お腹から下にかかっているものが何なのかわからない。

 

 そうして違和感を無視して目を覚ますと、木目の天井が目に映る。

 自分にかかっていたものは、薄手のブランケットのようだった。身体を起こすとあたり一面血の海だった。

 どうやらこのお宅には、相当迷惑をかけたらしかった。

 後で謝り倒そうと覚悟を決め、ベッドから降りて床に足を付いた。

 ふらふらと壁に手をやりながら扉を開けると、そこには見覚えのある光景があった。

 

 籠ではなく瓶詰めされた種の軍団がまた、カウンターを囲んでいた。

 

 やってしまった。よりにもよってこのお宅にお世話になるとは。

 嫌な汗が流れ、全てが終わったことを自覚した。

「お!起きたかー」

 間延びした声がカウンターからした。けれどカウンターには人がいない。

「ちょっと待っててなー裏側に荷物つめてるからー」

 言われて見れば、何かをテキパキと置くような音がする。

 手伝わせてください、とでも言いたかったが、そんな勇気があれば今頃ここにはいない。

「うし、終わり。よう!ドロボウさん!」

 バッと勢いよく顔を出しながら男がとんでもないことを言い出した。

 

 な、何を根拠に!失礼ですよ!

 

 そういいたかったが、やはり長年の習性なのだろう。黙り込むしか出来ることはなかった。

「何かいいたいなら言えばいいのに。意外とお前が思ってるほど、世の中は怖くねぇよ?」

 自分の考えを見透かしたような男の発言に、目を見開いた。

 それを見てケラケラと笑う男。男の動作につられて高い位置のポニーテールも動き回っている。

 もしや、店主だろうか。それにしては相当若いが。代替わりでもしたのだろうか。

「なあ、喋ってみろよ。俺、お前のこと大分詳しくなったから、どんなヘンなこと言っても大丈夫だぞ」

 何故か喋ることを強要された。強要されても習性だから困るんだって。

「だんまりだなあ。なー相田くぅーん。俺、お話聞きてぇなあー」

「はっ!?」

 思わず声が漏れた。男はうれしそうにニヤニヤとしている。

 やられた。どうせ胸ポケットの名刺でもみて――と、そこまで思ってから、それは昨日寝る前に机に置いたままだと気づいた。

「・・・んで、知って・・ですか?」

 所々言葉にならず胸の内で消えていきながら、浩二は尋ねた。

 待ってました!と男はハキハキと喋りだす。

 対極過ぎて苦手だ、とやや思い始めている浩二は、この男と会話をすることになりそうな未来に嫌気がしていた。

「俺ね、相田君がここに担ぎこまれてきて、ウチのかわいい助手が手術してる横で」

「し・・じゅつ?」  

 表現がおかしいではないか。そういう時は決まって『応急「君の記憶をね」処置』というはずだ。そして助手が「吸い出して、一回」いるのか。いいなあ――「全部見たわけよ」少し羨ましくなってしまった。

 

 ―――――今、何て?

 

 なんだか思考の途切れ途切れの場所で、とんでもない一文を聞いたような気が。

 浩二はぼんやりと聞き取れていた言葉をつなげてみることにした。

 

「手術している」   「記憶を」    「吸い出して」   「見た」

 

 今年最大の衝撃が、瞬く間に更新されれていく。今年最大は、きっと木にぶつかったときだろう。と思っていたら「よう、ドロボウさん!」でベスト更新をし、たった今、塗り替えられた。

「・・・・じ・・・じゃあ・・・その・・・・・た、た、・・・例え、ば・・・・ほくろの・・・・位置、とか・・・・」

 なにかの話で似た状況の登場人物が、そんなのを聞いたのを思い出し、思わず声にした。

 

 でも、僕の聞き間違いだったらどうしよう。全部聞き間違いで、実は全部英語とか・・・空耳とかだったらどうしよう。

 そんなありえないことが頭をよぎっては消え、よぎっては消え、返答を待つこの時間が無限のようにも思えた。

「そ、う、だ、なあ・・・」

 言葉のつまりに合わせて首をねじり、顎に手をやりながら、店主が考え込んだ。

「・・・・右足の、裏もも。修学旅行に行ったときのお風呂場の鏡で、はじめて気づいた」

 息が詰まった。まさにそれは、浩二がたどってきた記憶だからだ。

「ど?合ってるでしょ?んで、他に同じ位置にほくろ持ちがいないか、そわそわしながらお風呂に浸かって探してた。結局、中々隠れて見つけにくい位置だし、湯煙でよく見えなかったから該当者がいなくて、落ち込んだ」

 その通りだ。そして帰ってきた布団で声を殺してひっそり泣いて、我ながら女の子みたいだと思ったのは、きっとこの人の優しさから言われなかったのだろう。

「ちなみに・・・俺、左のひざ裏にほくろあるぞ。位置は違うけど、中々自分じゃ気づけないよなあ」

 しみじみと店主が言ってくれた。

 別に悪い奴じゃないのかもしれない。対極そうに見えて、この男も寂しかったりしてくれたら、うれしい。仲良くなれそうだ。

「あ・・・・ありがとう・・・ございます」

 はにかみながら、全力の勇気でお礼を言った。正直これでもう限界だ。

「いーえ。でな?共通点もあることだし、俺たち仲良くなれそうだろ?」

 撤回する。この男はやはり馴れ馴れしくて苦手だ。

「まー・・・あれだ。お前のことは俺は何でもお見通しだし、何言っても失望されねぇし、むしろ大分気に入ったわけよ。そんな生意気な俺になら――欲望の一つや二つでも言えるんじゃあねぇだろうか」

 欲望――その言葉に、幼かったころの思い出が駆け巡る。

 でもこんなこといってどうするというのか。

 自分が変わらないのはいつものことだったじゃないか。

 浩二は必死で言わない理由を探した。

 ここまで言いように言われ続けて、それでもまだ、いい子ちゃんで言われるがままなんておかしいじゃないか――いや、確かに僕の人生はそんなことばっかだけどさ――どうしよう、いい言い訳が思いつかない。

 この男は不気味だ。対極で苦手だ。でも、なんだかそこまで離れた感じもしないし、ほくろの話で励まそうとしてくれたり、悪い奴ではないはずだ。

 ひょっとして、浩二のことを理解してくれようと、しているだけじゃないのだろうか・・・?

 そんな考えがよぎり、『言うだけいって、駄目ならそれで・・・きっと、店主がよくしてくれるだろう。』と、自分の脳みそが結論を出した。

「じ、じゃあ・・・・その・・・望みを、言いますね・・・」

 少しばかり、緊張がぬけた口調になった浩二は、すぅっと強く息を吸って、飲み込むように口の中に留めると、出せない吸えない苦しさのあまりハアーッと息を吐き出し、強制的に緊張から違うことへ頭を向けた。

 浩二が発言しなくてはいけないときにやる最終手段だ。

 店主もそれをわかっているらしく、顔を上げると優しそうに目を細めていた。

「ぼ・・・・僕の、望みは・・・『友達がたくさん、いて欲しい』」

 かなりの沈黙の後、小声で「です」、と付け足してまた俯いた。

「・・・・そうかあ」

 どうやら店主は考え込んでいるらしく、また顎に手をやって遠くの棚を見ていた。

 よく見ると店主の目はめまぐるしく動き回り、何かを探しているようだった。

 沈黙が苦痛で、でも何かいえるわけでもなく、黙り込んでいると、

「よし、あれだ!」

店主が叫んでカウンターから駆け足で出てきた。

「相田くん安心しろ!」

 肩を強くつかまれ白黒する自分の頭。

「俺がその望み、叶えてやるよ!この、『記憶シュ』で!」

 言いながらポケットを探った彼の手には、あの種が握られていた。

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