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「地爆霊・・・・じゃ、ないよね?」
「ない、です・・・」
社の近くでそんな声がする。
いえ。作業に集中する方が大事ね。
私は思わず拾ってしまった声を薙ぎ払って、相田くんへと向いた。
「そうね、もうすっかりよくなったわ。じゃあ後は代金の方だけだけど、それは長谷川くんと一緒にしているから、おそらく次とその次で終わりでしょうね」
「本当にありがとうございました!・・・原因作ったのはヨミさんですけど」
これくらいの軽口が叩ける程度には、相田くんは進歩したの。記憶って本当に便利ね。
「そう。私。だからケガの治療費なんてものは取らないし、お値段も少々抑えたのよ」
小さく笑って後片付けをして、相田くんを先に部屋の出口へと向かわせた。
流石にあれこれ記憶はあるとしても、器具はクルメに揃えてもらうし、ここは病院でもないから、片付けは素早く出来ないわね。
放置しておくわけにもいかないし、何よりこの店は私一人のものじゃないですから。
「さてと」
後は奥の部屋に持っていくだけにしておいて、私はベットに腰掛けて遮っていたものを聞き取ることにした。
「じゃあ、クルメさんは本当にクルメさんって呼ばれてるんだ」
「はい。本人もこだわってつけた名前らしくて気に入ってるみたいです」
あらら、もう話題は違う話。遅かったわね。
「秋山さんこそ――」
「みる」
「あ、はい。みるさんこそ、どうして見えてるんですか?僕、自縛霊なのに」
多分白麗は私にも情報共有できるよう、意識的に社の近くで話していてくれてるんだろう。声が右にも左にも行かず、鮮明に聞き取れる。
「あたしん家が、結構特殊だからかなあ。
母がね、特に特殊。あーでもこの話はさっきお兄さんとしてたから知ってるよね。じゃあねえー・・・あ!あれだ!今怪我して片方しか視覚が動いてないから、それ以外がいつもより研ぎ澄まされてるからじゃない!?」
段々と彼女のテンションがあがっていく。
「なんかの伝記で読んだことあるよ!そういう話!あーじゃあそっかー・・・眼帯外すくらいになったら白麗ちゃんはもう見えないのかー・・・寂しいなあ」
・・・私が少し耳を離した隙に、とても仲良くなっていたらしい。
「あ!でも!僕はいつでも一般の人でも見える体もありますから、大じょ」
「え!?何それ!!あ!!!でも確かにお兄さんが言ってた!『地に足つけて立ってることもある』って!それ!?」
「それですそれ!」
どうやら、放っておいて大丈夫そう。私は片付けに戻った。
――結論から行くと、
放っておいて気にするべきだったのは、クルメの方だった。
「大丈夫?」
「大丈夫に見えるか?」
浩二と君也が帰った後、奥の部屋で机に頭を乗せてすっかり撃沈しているクルメがいた。
「何にそんなに動揺しているの?」
「いやー・・・俺って弱いな、って。とっさのことに弱いらしい」
どうやら白麗の激怒が効いてきたらしい。
あのクルメが珍しく、本心を吐露している。
それほどまでに余裕がないのでしょう。
「そういう事例、山ほど見てきたでしょ。どう克服してた?」
ヒントを出すな、とは言われているけど、白麗にとっても、クルメにとっても、このままではきっといけない。
私はより良く人が来易い記憶シュを保つ義務があるわ。
それには従業員の精神状態を安定させるのも入っているはず。だからこれは仕事の一貫よ。ヒントではない、と言いきれないけれど。
「・・・慣らすのか。まるで凡人のように」
クルメは時折、凡人嫌いというか自分が一般になることを毛嫌いしているのを見せる。
何かコンプレックスでもあるのか、とは思ったことがあるけれど、単に記憶の見すぎで、型にはまらない存在を求めすぎた結果のようにも感じる。
普段、決まって言ってるからもう耳たこにもなるけれど、『記憶に流されないためには自我が強くあること』。
自我を個性の強さ、と捉えがちなんでしょうね。クルメは。
「しかしなあ、やらなきゃ支障がでるな。でも凡人行動は嫌だなあ」
「うじうじしてたって始まらないでしょ。行動しなくちゃ変化は訪れないわ」
そう言ってみたものの余程こたえたらしくクルメは返事すらしない。
私は静かにお茶の用意に取り掛かった。
こうやって追い込まれたお客を、記憶を、沢山見てきたわ。それで私達、記憶シュが勧めるのは決まって、記憶の種。
なんだか今日はクルメがお客さんみたいね。
そうねえ、せっかく「お礼」として頂いた訳ですし、頂き物は早めに気持ちが消えきる前に食べるに限るわね。
私はアーモンドのように綺麗に整った形をしている種を、梱包材から取り出しながらフッと微笑んだ。
「はい。召し上がれ」
お茶を差し出すとクルメが睨みつけるように顔を上げた。
「どうするつもりだ」
「あら。今日は貴方がお客さんですもの」
涼しい顔で目を閉じて言ってやると、クルメはまた不満そうに
「だから!俺を客扱いするなって!」
と机を叩く。
少し前の白麗の怒り方とそっくり。
「・・・・・・もしかして、飲む勇気がないの?」
「下らない煽りをしてその気にさせようったって無駄だぞ」
流石にこの程度で乗ってこないことは解ってるわよ。
「じゃあ、これ捨てちゃおうかしら。だって飲まないのならいらないんでしょう」
本当にそんなことをしようものなら、私はあの一族の末代まで祟られるでしょうね。
「・・・飲む」
ほおら、思ったとおり。
クルメにとって記憶とはそれほどまでに偉大で、一つ一つ自分の糧にしたいもの。取りこぼして、一生手に入らないなんて、クルメは許せても『記憶師』としてのプライドが黙っているわけないでしょうね。
そうしてクルメは一点物の、私を恩人と慕ってくれた大昔のあの一族の記憶を飲んだ。