長谷川君也の父は、看守だった。
死刑囚の記憶をザーッと流しで見ていたら、ちらほら名前が挙がり、何度か別々の死刑囚達に姿を見られ、病んだ看守の記憶を頼りに見ていくと、素性が少しずつ分かってきた。
彼にはまだ生まれて間もない息子がいること。名前は君也。
そして、相田という昔からの友人に、こちらも同い年の息子がいるということ。
ここまで分かったら後は誘導あるのみ、だ。
俺は相田家を引越しさせ、同じ幼稚園に突っ込み、あえて小学校を別にし、疎遠にさせ、フラグを立て続けてきた。
どうやるかなんて、現地に行って訪問販売に限る。
相田家の勤め先の人事部の人間と仲良くなり、合意の上で記憶を飲ませ、それは、考え方を改められるような思想入りの記憶で、彼はとたんに誰かを異動させたい気になる。
そこにしれっと相田を推薦しておけばいい。
幼稚園も似た理屈で、もともと君也のいる幼稚園は知名度が高く、評判もいい。
懸念されるのは少し距離があることと、費用だけ。
だから体験入学の際に、君也を絡ませた。
どうやるかなんて、もう解りきっているとは思うが。
長谷川くんによく絡む死刑囚に、入れ知恵をするように言っておいたのだ。ご褒美は満足感のある殺人の記憶、といっておいて。
『家族には、人とたくさん接するようにしつけな。じゃないと俺みたいになるぞ。』
その日は結婚記念日で中々に素直な状態だった長谷川くんは、忠告をしないことでせっかくのルンルン気分が壊されちゃたまらない、と言うことを聞き、息子にそれとなく言っておいた。
後は君也が浩二を発見するだけ。
これは、抜け出し癖のある君也だから心配なかった。
こうして、記憶シュへと繋がる縁は、ここから生まれたのだった。
でもまあ、そんな奇跡が起きたこの地も、今はピリピリしまくってるし、囚人達も警戒心があがったのか、そういう世代なのか、簡単に釣れなくなった。
相田くんと長谷川くんの時みたいな奇跡は、もう俺の元には届かないだろうなあ。
と、頭の中で思いながら、記憶の抜き取りをもう三人済ませているのだが。
どうも、面白くない。
いや、これは単純に俺が飽きてきているだけなのかもしれないけど、『脅されて~』シリーズが三連続って、商品価値あるんだろうか?
うん。今回は不作だな。
「じ、じゃあもうこれで帰るんですか?」
森脇君がまたドギマギしながら上着を羽織る俺に尋ねる。
「んーまあ、待ち合わせまでもう少しあるし、森脇君の質問タイムでも設けるかなあ~」
すでに動いていない壊れた時計を見て、俺は言ってみた。そうすると森脇君は
「え!?じゃあ少しだけ・・・」
といいながら俺に質問をしてくるんだ。
「え!?じ、じゃあ少しだけ・・・・」
あー「じ、」が無かったな。うっかりしてた。
なんて茶番を脳内で繰り広げながら、ニコニコお愛想よく返事を返す。
「いいよお。何聞きたい?」
「じ、じゃあ・・・記憶を扱うのって法律に触れたり、しないんですか?」
「ないない」
手を振ってお愛想の苦笑を入れてやる。
「そもそも記憶手・・・っていうか俺、相当前に〝手″から〝師″になったわけだけど、正式名称『情報処置記憶技師』は一部の国じゃあ国家資格だから。」
そういえばさっき間違えられてたな――と思いながら訂正を入れる。
ま、当人達以外、区別の必要はそこまでないから、『記憶シュ』で通ってはいるから、間違えてもしょうがないんだけど。
流石に二十年も記憶に関わってりゃあ、偉くもなるもんだ。
「俺もそのクチでここに来てるし。」
元がどこ出身だったかは、この国にいすぎて忘れたけど。
「もちろん?世間に知れたら大問題だから内々にやってるけどね。
一般人に知れて国民の気がふれるのも厄介だけど、一番はビジネス面で困るからなあ・・・ちょっとでも記憶シュの情報が漏れたら、発信源を見つけるまで止まらなくなっちまう。で、その影響で潰れた町がごまんとあったのよ」
まあ当然、発信源を探すのも俺ら、記憶シュだけどさ。
「君らが代々尻尾振ってるこの国だけどね、ここは認可してない。する度胸がないのだよ。認可したら最後、他の国とのビジネス戦争だから。まともじゃないんだなあ?ドイツもコイツも」
発音はどいつもこいつも。
森脇君には、話をした後だからか、ドイツに聞こえてるだろうなあ。
「で。俺は情報源を断たなきゃいけないわけだ。」
俺は、ベラベラと話しながら握り締めてた注射器を振りかざした。
ブスッ――・・・・
「お越しくださり、ありがとうございました」
彼は今、緊張で何をどう話したのかまるで覚えていない。と、思っている。
実際緊張してたし。
そして数日経てば会ってたことも忘れるようにしておいた。
まー、二十年ちかく前から一緒に仕事してるらしい記憶を扱う専門のヤベーヤツ、はフツウに緊張するよなあ。
で、あってみたらこの美貌と若さ!嫉妬して仕事どこじゃないね、これは。
んで、この会話三度目。
前回は『一度俺との時間、全部抜き取ってみたい』って言ったらどうぞどうぞ、って言われて全部抜いて種にした。
いやあ!一度欲しかったんだよなあ!検察官の種!
なーんて、喜べた前々回がすでに恋しい。
「いやあ・・つまらんねぇ。同じことばっか話す奴は」
それでも何故抜くのを止めなかったかというと、森脇君は名に負けず、脇が甘く付けこまれやすい。の癖して、会話はからきしだが、行動の記憶力がずば抜けている。
つまり下手に覚えさせておくと情報漏えいの恐れがある。要は俺が自由な振る舞いをするには、森脇君の記憶は邪魔なのだ。
後、やたら周りの影響でも受けてるのか、聞くことや話す事がそれまでと違い、素直に面白いのと、記憶を抜くとはいえ、特に後半にかけて飾らず素直に話して、それに対して相槌を打ってもらえるのが何気にうれしいのだ。
そんな理由で森脇くんに依存するとは――俺もよっぽどの寂しがりだな。
いい加減そろそろ気づかれるし、次はやめよう。
そう思いながら俺は交番を前にして立ち止まった。