一歩進むたび、靴音がおおげさに反響してる。
どんどんと足は下を向いて下っていき、やがて両足が同じ高さで、止まった。
「お、お待ちしておりました!三宅さん!」
「だーかーらーっミヤケじゃないの!み・あ・け・!!俺は未明クルメ!決っして、クルマエビでもないからな!」
一体何度このやり取りをやらされたと思ってるんだ。
「し、しし失礼しましたあっ・・あ、あの・・みあけ?とはどのような字を・・」
看守が黄色いメモとペンを取り出し、恐る恐る上目遣いをした。
「何時未明の未明。ちなみに「クルマエビみたいっすね」は、前の前の新田君にいわれた」
幼児のようにむくれて見せると、警戒が解けたようで、少し安堵した様子の森脇君は続けた。
「あ、あの、わたくし、今回から未明さんの担当になりました、森脇と申します」
「うん、よろしく。ところで・・下の名前は?」
確か前回担当の彼女は言っていたな、と思いながら自分と平行して歩き出す森脇くんに目をやる。
「あ・・・すみません。前任のものから、「記憶手」さんにはフルネームを明かすな、といわれていまして・・・」
なるほど。沙良子ちゃんの所為で警戒が一層厳しくなったと。
一個前の新田君はお調子者だっただけに、ゆるかったからなあ。
こんなに上がピリピリしてるんじゃ、いい物語は生まれにくいだろうなあ。もったいない。俺の情報源ちゃん。
「ま。俺は知ってるけどね。森脇千尋くん」
「え!?」
目を丸にして、メモを落っことす森脇君。
「ハハハハ・・何、たいしたことじゃないよ。以前、沙・良・子先輩に見せてもらった色々な情報の中に、部下の「森脇千尋」って名前があったってだけ。最も、そういう詰めの甘さが今回の規制だろうけどさ。まったく、メモを使わないから」
なんて沙良子ちゃんをとことんいじってやると、あの子の部下じゃ不満がたまるだろうなあ、と考えてたとおり、森脇くんが喋りだす。
「・・・そ、そうなんですよ!沙良子先輩、すごく頭いいのに石頭で!
自分が賢くて忘れないからって、メモ取ってると怒ってきて、『メモなんて使ってるから、頭で覚えられなくなるのよ!』ってこう、メモを取ろうとして僕が掴むと、持ってる手から上に引き上げて、子供みたいに取り上げられちゃいますし・・・」
「そうそう。それ、常套句だよね。俺も苦労したよー」
すかさず声を上げると、森脇君は少しうれしそうに愚痴をこぼす。
そりゃ、沙良子ちゃんが上の人じゃあ、愚痴吐きに困るだろうなあ。
「頭の回転が速いからすごく早口なんですけど、聞き取れないし、聞き返すと両肩がそろわないくらいななめに体を倒して、眉間にしわ三本くらい入れて感じ悪く怒るし・・・とかって話をしたら最後、情報通だから、いつの間にか聞きつけて両目を細めて軽蔑した感じで、やめるよう怒るし・・・とにかく怒るんですよ!」
怒るということをひたすら主張してくる森脇くん。
そのうち二人がくっつきそうな気配がしているのは俺だけだろうか。
まあ俺のほうからくっつけてやってもいいが、仕事に支障をきたすからやらない。
「あ・・・すみません。文句ばっかり。それじゃあいい加減にスケジュールの方を・・・」
そういって手元のバインダーを使って声優並の渇舌を披露する森脇くん。
「今日死刑執行予定の囚人が4名。今月予定の囚人が148名います。ご予定にあわせてお考えください。
それから意欲のある死刑執行係が8名、くたばっているのでその処置をお願いしたいのと、事件が難航しているので、ご協力いただきたいです」
バーッと一気に情報が流れ込む。
いつものことではあるけど、森脇君は言い方が優しいな。前任なんかドSまっしぐらだったぞ。
「今日も豊作だなあ・・事件ってのは何?」
尋ねると、またバインダーとにらめっこしながら、抑揚をつけて森脇くんは読み上げる。
「弐伊崎重三郎って画家、いるじゃないですか。あの先生の家で殺人と強盗がありまして・・・弐伊崎先生はご不在だったため無事だったんですが・・奥様と、弐伊崎先生の両親が。それで現場を見ていたらしい息子くん四歳が犯人を見たようで、でも、聞き出そうとしてもパニックになってしまって――」
あー。そういうのね。俺は頭をかいた。
「まあ・・・やるのはいいんだけどさあ、問題は戻すときよ。記憶を戻すには、そいつの自我がしっかりと保たれてなくちゃあいけない。
というかこれ前の沙良子先輩にも言ったなあ・・・メモって偉大だな!」
なんていってみせる。パアァァと森脇君の表情が明るくなる。
「はい!沙良子先輩のは、メモなしじゃ追うのは無理がありますよ!
引継ぎの時も、必死で覚えようと、頭で何度も繰り返したんですが、身振り手振りさえされず、どんどん言われていって・・それに、上の人は面倒なことは大体ミヤ・・・未明さんに頼もうとしてて・・・あ・・そうか。沙良子先輩の『上から言われるけど断って』は、これだったんだ・・」
なんて納得して話を延々と続けている森脇君に適当に頷いて、クルメは檻の中の死刑囚達を見た。
彼らの今まで培ってきたものが、回収され、吸収され、俺やヨミの経験になる。
ヨミには医師免許はないが、死刑囚の中には闇医者もいる。
一つ一つは正しくなくとも、繰り返し幾つかを複合すれば、ヨミも正確な治療を施せるようになる。
そうすればこの間のような無茶も出来るようになるのだ。
或いはこの記憶も商品となり、第三者へとばら撒かれる。
死刑囚になりたいヤツはいなくとも、危ないものに興味があるヤツは世の中、ごまんといる。
そして記憶を吸い出すことによって不都合を忘れさせ、作業をより簡単におこなえるようになる。まあ、これは死刑囚に限った話ではないが。
これが、かれこれ二十年以上続けられてきた『記憶シュ』が始まるよりも昔からの、『記憶手』としてのサイクルだ。
そして長谷川君也と出会い、少し遅れて相田浩二を知ったのもここからだった。