一日姫~五分姫外伝~
好奇心さえなければ今のアタシはこんな人間ではなかっただろう。
それほど好奇心とは切っても切れない縁だ。
アタシはちょっとしたきっかけで、何にでも興味がわく子供だった。
疑問の幅は広く、「どうして空は青いの?」「どうして家はこの形なの?」なんてものから、「どうしてペットになる動物と食べられる動物がいるの?」「どうして首と心臓と頭は守るの?」「サンタさんはいくらもらってるの?一日の仕事だけでどうやって生活しているの?」「どうして死ぬの?」「どうして動物ごとに体のつくりが違うの?」「どうして殺しては駄目なの?」――とにかく、何にでも興味はわいた。ただ、暗い方向に興味の手が伸びていたのは今も昔も変わらなかった。
まあ、そんなだから当然、通学路の付近で殺人事件が起きて、その犯人が捕まっていないなら、乗り出すわけよね。
アタシはいつも情報の仕入先だった図書館に行き、ママがよく、「相手の気持ちになってごらん」っていうから、犯人の気持ちを知ろう!と思って、小学生だってのに、「犯罪心理学」みたいなのをいくつも読んだ。一気に読みすぎて何も覚えていないけど。
その後、死刑囚だったり、出所した犯人なんかが綴った本を読んだ。一般とはかけ離れた価値観に、俄然やる気が高まった。
一通り面白いものが見れて満足したアタシは、妄想に精を出した。
犯人を取り押さえてジユウに質問が出来るんなら、何を聞こう?
いつも気になっているあれこれを聞いて、なんて返ってくるか当てるのとか楽しそう!でもせっかくだから、その人にしか聞けないことが聞きたいわね。
「人を殺した感覚はどんな感じ?・・・これにしよう」
アタシはそれをノートにメモして、図書館を後にした。
しかし一体どうやって捕まえようかなあ・・・と思いつつ、偉そうに腕組みをしながら、家へと向かっているとトントン、と肩をたたかれた。
「何っ?」
好奇心が働き、思いっきり笑顔で振り返ると、そこには優しそうで最近赤ちゃんが生まれたんだ~ってデレデレしてそうな、パパっぽい人がいた。別にアタシのパパはこんなんじゃないけど。
「ねえねえ。さっき図書館にいたよね?何調べてたの?」
その人は、ニコニコしながら聞いてくる。アタシは得意げになって胸を叩いた。
「それはねぇ!!犯人を知るためのお勉強してたの!!」
「・・犯人?それって、何の?」
男の人は首をかしげ、ひざを曲げて、アタシと同じくらいの目線になってくれた。
「うんとねぇ、アタシ夏小の二年生なんだけどー・・通学路で殺人が起きたの!その犯人、捕まってないんだって!!だから捕まえようと思って!」
それを聞いたそのパパさんは、じゃあねぇ、とアタシの耳に口を近づけた。
「上手くいって、すっごく、楽しくて愉快な感じ」
え?ってアタシがまぬけな声を上げると、パパさんは続けて
「『人を殺した感覚』」
と付け加えた。
アタシは少しポカーンと立ち膝をやめたパパさんを見上げていたけど、数秒の間の後に、
「そうなの!!?」
とリアクションをとった。
ああ!!知れた!知れた!とアタシは胸の中があったかい気持ちでいっぱいだった!
好奇心が満たされて、とってもハッピーな気持ちだったのだ!!
「そうそう。そんな感じ。今の君みたいな気持ち。俺がいいたいのは」
腕を組んでニコニコと笑いながら、感動で飛び跳ねるアタシを見下ろすパパさんに、段々また新しい疑問が浮かんできた。
「どうして知ってるの?パパさんは、この間の犯人なの?」
と首を傾げてみた。そこに恐れは一切なく、パパさんはそんなアタシを見て、こりゃ本物だ~とおっとり言った。
「パパさんはねぇ、「ゴクドウ」っていう仕事してるんだよ~お嬢ちゃんも、実践して、『殺しの感覚』味わってみたくなぁい?」
「みたーい!!!」
元気よくハイッ、と手を上げてあたしは幸せで満たされていた。
それから土曜日と日曜日は、ひそひそと家を出て、パパさんの仕事場で、色々を教わってた。
武器の持ち方、武器の知識、人の騙し方、隠蔽の仕方、あと、極道の作法。これは全く使わなかったけど。
パパさんはアタシの釣り方をすっかり覚えたようで、アタシがあれこれ気になって聞こうとすると、『これが終わったらね』なんて悪戯っぽく笑う。
そして帰る前は、強面の人たちにお菓子とお茶を出してもらって、皆に色んな質問をして、沢山好奇心を満たした。
そしてそんな環境を作ってくれているのはパパさんなんだ。そう意識するたび、パパさんが日に日に好きになっていってる気がした。
そんなやり取りを続けたある日。
「理沙!!」
と怒号。
「アンッタ!!最近遊びに言ってると思ったら――!!!!」
どうやらバレたらしい。アタシは慌てなかった。
「隠蔽には、黙らせるのが一番」
はたかれて痛かったし、と思いつつ包丁を出して構えてみた。
母は動揺したように何か言っていたし、アタシが本気だと解ると、焦ってゴマをすってきてた気がするけど、覚えてない。
その表情しか、覚えてない。
「少年法は、十二歳まで、適用される――ん、だっけ?忘れちゃった」
それから、アタシの好奇心はますます黒ずみだしていった。
興味が向くのは殺人ばっかり。本を開けば、拷問や武器、殺害方法ばかり。
でも特に、母のあの表情はそそるものがあった。アタシの好奇心をたっぷりと満たしてくれた。
「ハハハ、快楽の味を覚えてしまったねえ」
褒めるように、パパさんは頭をなでてくれた。
もう少し成長したら、もっとそういうことができるようにしてあげようねえ。
なーんて、言っていたのに、アタシはその年中に就職先が見つかったらしく、アタシの中でも『普通の生活』という選択肢は、完全に消えていたため、大人しくそこに就職した。
一番は、パパさんが昔いた場所、というのに釣られた。
本当にパパさんはアタシの釣り方を分かってる。
それから最近までは、ただただ好奇心が向くままに殺して切っていたぶって、就職先の意向でバディを野々華と組んで、そのまま流されるまま過ごした。
アタシのやり口は、その人の情報を徹底的に調べ上げ、その人の弱点を的確につくことで評判がよかった。
もちろん、狙われることも多かったし、その大半の振り払い方はパパさんが定期的に教えてくれてたから、怖がることはなかった。
野々華の裏切りが発覚したのは、パパさんからの一言だった。
「あまりにも、狙われすぎだ」
パパさんは裏切り者がいるんだろう、とアタシにいった。
アタシは真っ先に野々華だと確信した。
アタシは他にバディを組んだことはないし、狙われるようになったのは野々華と一緒にやる二ヶ月前から。カモフラージュなのかなんなのか知らないけど、爪が甘い。
まだ中学生くらいの年齢だからって、アタシを見くびるな。
就職したその会社全体で裏切っているのか、はたまた野々華がどこかのスパイなのか、むしろ何の因果もなくただの野々華自身の裏切りなのか。
真実を知りたい、と好奇心が疼いた。
野々華については、よく知っている。
歴を見るに、アタシの後輩にあたる人物で、髪を桃色に染め、その色に目を奪わせて、そのまま出歩き、むしろ変装などを疑ってかかるであろう対象たちを手玉に取る。
とか、後は普通にピンクが好きらしく、赤い血は、『ピンクに似てるから好き』だとかいっていた。
ま。
そういうのも全部噓だったんだけどね。
野々華のピンク好きも、その髪色も、全部地毛の黒髪を目立たせないため。本性なんてそんなもんだ。
と言っても、彼女は拷問してもしてもしてもしても、口を割らなかったため、組織に雇われていることは明らかだった。
そして野々華はアタシの感情が入りすぎた拷問だったためか、加減できず死んだ。でもまあ、その後割り切って思いっきり臓物で遊んだのは楽しかった。
結局、真相は中途半端にしかわからなかった。
アタシにはそれが許せなかった。
もっと拷問の腕を磨いて、努力を重ねて、もっと死なないように、アタシの好奇心が埋まるように――そうして生き続けるたび、消化不良を起こしている好奇心が、足りない、足りない、と嘆いていた。
気づけばアタシは『拷問』という存在のみに、好奇心が向けられていた。
もう他には好奇心が働かなくなっていた。拷問だけしているのが、幸せな生活だった。
情報をかき集めることも、パパさんへの気持ちも、全部どうでもよかった。
拷問が出来れば何でもよくなっていた。
そんな時。
食人鬼を拷問して、綺麗な状態とその状態の写真を撮り、かつ書籍を書いてくれるように交渉しろ。という依頼が来た。なんでも、金持ちの道楽の一種として、食人鬼のグッズが欲しいらしい。
なので、書籍、キャラクターとして起こすためか、綺麗な状態と拷問後の状態。後サイズを測ってこい。欠損させるな、というなんともまあ・・・頭イカれた注文の嵐だった。
そんなわけで、アタシは久しぶりにざっくりと下調べをし、彼、通称リロに、通称ネグという幼馴染がいることを知った。
一緒にいないことのほうが珍しく、しかも彼女は人を食わない――これは使える。彼女には、対して制限がかけられていないのだから、好きなようにできる。
下調べした情報によって彼女が二ヶ月に一度、廃村に足を運んでいることを知って、アタシは来るその日に向けて、道具をそろえ、準備を進めた。
何故廃村なんぞに足を運ぶのかと言うと、彼女は時々リロの食事風景を見ていられない瞬間があるようで、その周期が二ヶ月に一度というわけだ。
そういう時は人がおらず、リロの元からも離れていないこの地に来て嘔吐するとよくなるらしい。そういう体勢をとっているのを確認済みだ。
全く――見ていられないほど正気に戻る瞬間があるんなら、さっさと離れればいいのに。依存って馬鹿ね。
しかしアタシは、廃村にやってきた彼女の血走った目を見て、それは大きな勘違いだったと悟った。
彼女は確かに、リロの行動を見ていられなかったのだけど、意味合いが違う。
怯え、その異常性に逃げ出したのではない。
彼女は単に、食らいたい衝動から逃げていただけだったのだ――油断しきっていたアタシは背後から腕を噛み、アタシの右腕は中途半端にダメージが入り、宙ぶらりんになった。こういうのが一番嫌い。
振り返ると血走り、眉間にしわを寄せた彼女の顔。
左手で近くの鎌を掴み、思い切り振った。
あっけなく彼女は手負いになった。
お腹周りが切られ、うめき声をあげていたのが、瞬間悲鳴に変わった。
でも痛みに苦しみながらも、彼女はやはり食べることが優先のようで噛み付いてきた。
拷問のことはずっと頭にあった。
けれど、脅威を退けることが第一で、優先で、無我夢中で、その後の食人鬼との先頭も考え、武器も多く置いてあったのもあり、アタシはまたやらかした。
また殺した。
もう、どうでもよくなった。
拷問に生きるものとして、最低だと感じながら、アタシは血にぬれた鎌だけを持ち、火を放って、廃村で数日過ごした。
火が燃えやすい住居たちに次々と燃えていく様を見ていると、騒ぎに気づいた人間が、アタシに気づいた。
違う。
アタシの思い描くプランはそうじゃなかった。リロがネグを心配しここまでやってきて、アタシを食らおうとし、アタシは最後の最後に痛めつけられる側に――回らず、鎌で出来る限りリロを傷つけ、見れないだろうけど金持ちの道楽、といって無理難題を吹っかけてきた奴らの歪む様を想像したかったのよ。
でもまあ、それも叶わなかったわけだから、アタシは『拷問マニア』から『殺人鬼』へと職を変えたことにして、手当たり次第できる限り殺した。
最後は警官に発砲されて、お亡くなり。
いやあ、銃っていけないわね。やられた感覚なくて。
感想を思い浮かべる間もなかったわ。
「・・・・ま、こんなとこね」
ネグが行った後、扉を開ける直前になって野々華が現れた。
『最後だから』と、アタシの人生最初の中途半端を解消してくれた。今のはそのお礼のようなものだ。
野々華は、『私怨』だった。
彼女はアタシを変貌させたあの殺人事件の犯人だったそうだ。そして同じ学校で、同じクラスだったとか。本名は野々村花なんだってよ。しかもアタシに会う前に顔を変えられてちゃあ、無理よ。
そんなわけで、気にせず授業用として使ってたアタシのノートの犯罪者への質問が、後ろから見えたらしい。
だから監視もかねて一緒にいたらしい。
アタシは全く気づいてなかったけど、小学生時代も、就職してからも、野々華はずっと近くで見ていたんだそう。
で、いい加減気づかないアタシに痺れを切らして、わざわざ解るように近づいてやった。とのこと。
野々華は、殺されたことに対してよりも、『知られてるんじゃないか』という、不安が常に付きまとっていたことに対して、恨みが強かったらしい。
だから『中途半端』に苦しめられてるアタシの人生は、とても愉快だったそうだ。
この野郎。
ただまあ、最後に一言。
「努力家と、ピンクが好きなのはホント。だから意外と嫌いじゃなかったのかもね」
なんて笑ってやがった。
どこまで解らなくさせれば気がすむんだ。奴は。
「ああもう!鬱陶しい!!じゃあアタシ行くから!」
おかげで何となく入りにくかった扉の先へ行けてしまったではないか。
ネグはあんなにも時間をかけて、アタシの好奇心の向きを、正してくれた。
拷問だけじゃなく、昔のように全てに興味が向くよう、戻してくれた。
おかげでアタシの好奇心は、まだ心の中で動き回って、満たせるものを探している。
次こそは、正しい向きのまま、人生を終えたいものだ。