
キューバ日記 #11 キューバ国立芸術大学の先生の教え
ある土曜の朝、私はキューバ国立芸術大学のキャンパスを訪れた。
スペイン式の伝統建築が取り入れられた煉瓦造りの校舎は、ドーム状の屋根が連なるユニークな造形である。
休日のせいか、人の姿は見当たらない。
しばらく歩くと、陽気なラテン音楽が鳴り響く工房に辿り着いた。
窓から覗くと、ジェレミー先生が真剣にカンヴァスと向き合っている。
2人の生徒も何やら作業をしている。
かねてよりキューバで絵を習いたかった私は、この日、人生で最も印象に残るであろう講義と出会うのであった。
無機質なコンクリートの室内に、大きなカンヴァスがいくつもそびえ立つ。
まるで秘密基地に来たような興奮に包まれ、私は思わず「インクレイブレ(すごい)!」と叫んだ。
私と同世代のジェレミー先生は派手なプリントTシャツにゆるめのジーンズ、首元にヘッドフォンとサングラス、長髪のドレッドヘアーという出で立ち。
ヒップホップダンサーのような恰好は、先生というよりも生徒の方がしっくりくる。
しかし、彼が「師」にふさわしい人格を兼ね備えることを後に実感するのである。
始めにジェレミー先生は一通り自身の作品を解説した。
そのほとんどが海辺の風景で、紫や青を基調とした、くすみがかった色使いが哀愁を漂わせる。
故郷のマンサナ市の景色だそう。
ポップな見た目からは想像もつかないような、渋さと重厚感のある落ち着いた作風。
そのギャップに興味を掻き立てられると同時に、講義への期待値が一気に高まる。
この日の講義テーマは「構図」。
ジェレミー先生は制作途中の作品を手本に、構図の取り方を丹念に説明してくれた。
「物の配置は流れをつくるように、光と影はまるで生きているかのように。一枚の絵の中に、映画のワンシーンのような変化と動きをつけて。」
堅苦しい絵画理論とは真逆の、ニュアンス豊かな言葉の数々。
まるで詩のようである。初めて受ける感覚に、私はどんどん引き込まれた。
「アーティストは天啓の代弁者なんだ。あらゆる物事が色や濃淡、光と影を以て語りかけてくる。その語りを受け取り、ただ翻訳するだけにとどまってはいけない。その語りに介入し、自ら能動的に表現しなさい。」
哲学も織り交ぜて、時に天を仰ぎながら語る先生を前に、途中から説法を聴いているような錯覚に陥った。
光の差し込む窓がステンドグラスのように、ドーム型の空間が古い大聖堂のように見えてくる。
「日常のあらゆるシーン、全ての事象が感覚の源。その感覚を察知する繊細さを育てなさい。君が出会う空間の至るところに美が散りばめられているはずだから。」
この崇高な講義を受けてから、世界の見え方が一変した。
まさにインクレイブレ!
師の教えを胸に、今日も日常に宿る美を探している。