怖い話が好きかい?
人怖(ヒトコワ)ってのがわりと好き。変な趣味だな。
人怖とは、ユーレイなどのおばけの話ではなくて、実際に存在する人物の怖い言動や、覗けない世界の話の事。
ユーレイとか呪いだとかの話はどうにも作ったような胡散臭いところがあってちょっと聞いていられないし、怖い動画だとか映っちゃった的な動画もイマイチ変な故意に作ったようなところがあって見ちゃいられない。(怖くてムリなだけだろ臆病者め)
なんというか、ユーレイだとか呪いだとかってのはどこにでも現れたり効果があるような感じがあって、それが怖くて聞いていられない(ほら怖いんだろ)。
たとえばそういう話って、「友達が亡くなった瞬間に別の所にいた自分に、こんな風に起こったんですよ!」とか、「家の中でトントントンって足音が聞こえるんですよね。それがね、職場でも起こるようになったんですよ!」
…なんて具合に、場所を問わずとか壁を通り越して起こるだとかがあって、今ここで聞いている自分にも何かがあるんじゃないかって気持ちになるから怖いのだ。ここで起こりはしないとはなんとなく思うのだけど、その辺に確信が持てないところがあるからそれがすごく怖い。おしっこちびっちゃう。
僕がいちばん怖いと思った話は、本当にソレが見えるひとから聞いた話なのですけど…
お風呂とかで、シャンプーとかしている時に……
あーーー!ダメダメ!怖い怖い。もうやめよこの話!
ところがところが「怖い話」って、聞いてみるとシンプルにお化けだのユーレイだのという話だけでは“ない”のだ。
陰謀論とか都市伝説とか、未解決事件やら未確認物体に未確認生物、そして人怖の話がある。
それのどこが良いのかって言われると。
別に何にも良かないし生涯聞かなくてもいいような話なわけだが、おっさんのウンチクだとか自慢話だとか聞いているよりもいいのよ。不思議な空気感だったり謎っぽいものや不気味な話の方がゾクっとワクワクするじゃない。(しないか)
その魅力ってなんだろなぁ。ユーレイとかに比べるとやっぱり、聞いているココとは関係ないわけだし、その怖い人物だとか謎の未確認な何かが、今ここには現れないだろうという謎の“安心感”がある。それがおもしろいのかもしれない。
たとえば怖い話をみんなでする時もそうじゃない。みんなで輪になって怖い話をしていても「友達がいるから大丈夫じゃない?」なんて思って、どこかで安心しているところがあるから話ができるんであって、たとえば今は廃墟になっているようなボロボロの病院の奥の奥で夜中の2時とかに怖い話をひとりきりで聞いていられないでしょ。
ユーレイの話であったとしても、何かしら「怖い」と思っている自分があって、話を聞くこと自体はそんなに嫌いではないのだけど、やっぱり誰かと聞いて安心していたいというところがあるんだと思うのだ。
ひとが怖いって話で僕が経験したもの何かあるかな…
今まであんまりひとに深く関わらなかったからなぁ。
ひとつあるとしたら、職場で出会ったひとの話だ。
それはまた明日にでもしようかと思う。
夏に怖い話でもして涼しくなって元気出そうぜ。
明日の楽しみは今日の糧だな、これからの僕は。
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