誰かに見られているかも…という「薬」
ひとを「だらしない」と思う瞬間ってなんでしょうか?
だらしないひとってなんでだいたいが「男」なんでしょうかね?
女性でも部屋が汚いとか、掃除ができないとか、服装とかがキチッとしていないひとは見たことがありますけど、イメージの中にあるだらしないひとというのはだいたいが男ですよね。
酒、たばこ、女、…他に何かありますかね…時間とか性もありますかね。
あとは、食べ物とかお金にもだらしないひとっていますよね。
僕は何にだらしないかなぁと考えました。
部屋は片付いていませんし、食べ物にはだらしないと思います。
自分の健康にもだらしないと思いますね。
服装は…昔よりかはだらしないかと思いますが、汚くはないと思っているのでその辺はまぁいいかな。
昔は体型もちゃんと細くってダボダボした服装は嫌いでした。
インストラクターをやっている時はスポーツジムに出入りするので、服装のだらしなさは厳禁なんです。
あと、身体的なだらしなさもあんまりよくありませんね。腹が出てるとか、服が汚いとかね。たとえば、破れたジーンズなんかで職場に来ると良くないのです。破れやダメージは清潔感が無いというイメージがあるんですよね。
そういうところはちゃんと言われるんですよ。
そこから離れて僕は変わってしまいました。
服装はダボダボしたものになってしまいましたし、服に余裕ができると体にも余裕ができてなかなかどうしてスマートな体からは遠ざかってしまうんですねぇ…。やれやれ。
結局、そういう“だらしなさ”ってやっぱり、違う価値観を持った「他のひと」に見られて、自分もそれを感じ取っているだなと思いました。
僕も結局のところ、他のひと(職場の原則やひとからの評価)からの視線に逃れてしまって、太ったり運動不足だったりになったわけなんです。
だし、僕にもいくつかそういうだらしない友人はいますよ。
安いからっていう理由で缶チューハイをたくさん呑む女性だったり、やけに体の露出するような服装するひともいます。
女性にフラれてばかりで、なおかつ反省しないひとだったり…。
いつまでもタバコをやめられないというひとだったり…。
いろいろです。
そういうところを寛容に見て許せる自分でいたいってこともありますが、そういうところからしっかりと指摘できる友人でありたいという気持ちもあったりで、複雑極まりないです。
類は友を呼びますよね。
一緒にいて楽しいのかどうなのかわからないような、だらしないひとに惰性で友達やってる必要なんてないんだと思います。
僕も知らないうちに、だんだん友達の枠から離れていくんですよね。そういうひとって。
「だらしないなぁ…」って思いながら選民しているんだと思います。
かっちりと清潔さはお大事に、これからの僕は。
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