多少怖い話
人怖の話。実際に僕が経験したもので、怖いと思うか不気味だと思うかはひとそれぞれ自由だ。僕は…怖いとも思ったし気持ち悪い、不気味だとも思ったという話だ。※ここで出てくる登場人物は全て仮名
みんなこどもの頃から「嘘はついてはいけないよ」と習っているはず。習っていないというひともいるんだろうが、嘘をついていると当然ながらひとには信用されないし、なんなら嫌われてしまうもの。
そんな「嘘」についての事で、以前働いていた職場でのこと。そこで一緒に働いていた「田中さん※」というひとがこの話の主要な人物だ。
業種を大まかに言うなら接客業でいつものように、いつもの仕事を淡々と進めていたのだが、その日はお客さんがほとんど来る事がなく、「暇だね〜」なんて言いながら、皆で談笑しながらもお客さんが来るのを待っていた。田中さんは気さくな方でおもしろくて仕事もできて、僕はいたって普通に接しており、特に迷惑だなと思ったり自分自身も一緒に働いて嫌だなと思うことも全くなかった。
田中さんは話も上手く冗談もうまい。おもしろい話もできるし、おもしろい経験もたくさんしていて、ちょっと羨ましいなと思えるくらいのいろんな能力もたくさんあったのだった。
その時、田中さんは自分が在籍していた大学での話をしていて、部活の話だったり現在の本職についての話など多岐に渡って様々なおもしろい話をしてくれて、みんなでそれを聞いては笑っておもしろがっていた。
音楽にも非常に詳しくて、有名なひとと仕事をしたんだとか、自分は実はバンドをやっていてTwitterもInstagramも、実は何万人とフォロワーがいるんだという話もしてくれたのだ。
はー。すごいな。
ある意味有名人と仕事をしているなんて、ちょっと光栄な事だな。
ミーハーな僕はシンプルにそう思ったりした。
僕は田中さんのことをすごくおもしろいなーと思って、そんなおもしろい話ができることやおもしろい経験をしていることに羨ましいとすら思っていて、ちょっとだけワクワクしながら仕事の帰り道に仲良くしている鈴木君※とそのことについて話した。
「いやー田中さんっておもしろくていいひとだよねぇ」
「そうっすか…」
おや?いつもと違う浮かない顔をして、なんとなくつまらないような、懐疑なというか、とにかく浮かない顔をしている。
僕もなぜそんな冷たいような不思議な反応を示したのかよくわからなくて、どうしてだろうか?と思った。
というのも、鈴木君がこんな反応をしたのは初めてで、彼は非常に頭が良く、その日その日で起こった出来事だったり、僕がこんな感じで毎日書いている作文に関して意見したり疑問を抱いたことを伝えてくれたり、時には褒めてくれたりもした。それは違うよと言って僕が思っていることに関して、間違った知識を書いていたり解釈していることを正してくれたりもしたのだ。
それなのに。おもしろい話をしてくれた田中さんについて話したら、「そうっすか…」などと言ってつまらなそうな反応をしたものだから少し不思議だったというかちょっとだけ心配だったりもしたのだ。
だから…ちょっと尋ねてみた。
「どうした?なんかあった?」
「いや、田中さんがおもしろいのはわかるし、いいひとだと思うのは自由ですよ…それでいいんじゃないですか。」
うん。それも鈴木君らしくない。なんかあったに違いない。
「そうだけど、鈴木君はおもしろくなかったのかい?」
「はい、そうっすね…おもしろくないっす」
なんともはっきりと答えるものだな。
あんなにおもしろい話と経験はそうないぞ。それなのに鈴木君はそれがおもしろくなかったというのか。
そんなにもはっきりとおもしろくないなんて言えるのだったらそれなりに“きちんとした理由”があるはずだ。それを聞いてみる。
「なんでよ?」
すると鈴木君ははっきりと答えた。
「そのおもしろかった話とか大学とかの部活のおもろい話とか、笑えるんすけどね…あれって、」
なんだ、内心は笑っていたんじゃないかと思ったのだが…
「ぜんっぶ嘘っすよ。」
「は?」(話の途中に僕は思わず声が出た)
え??え?
なんで?ちょっと待って。
なんでそんな風に言える?どゆこと?
僕は全く話がわからない。鈴木君がどうしてそういうことが言えるのか、まったくもって何がなんだかよくわからない。
鈴木君はその説明をしてくれた。
「俺、実はめちゃくちゃお笑いが好きで、有名じゃない芸人さんとかの話も好きだし、もちろんだけど深夜のラジオなんかも欠かさず聞いてたりするんすよ。」
知らなかった。意外な趣味だな。
「だからなんですよ。田中さんの大学での話とかでピンと来たんですが、どの話もなんかどこかで聞いたことあるなーって思ったら、自分のことみたいに言ってた話って全部芸人さんがラジオとかテレビで話してましたよ。それを“そっくりそのまま話してるだけ”。みんな知らないだろうと思って自分の事として話してんだろうけど、俺は内容知ってたからぜんぜんおもしろくなかったんすよね。だって、全部嘘なんですもん。そりゃおもしろいに決まってますよ、芸人さんが経験しておもしろおかしく編集した話なんですから。」
なるほど。それでか。
鈴木君が浮かない顔をしているのもわかった。そりゃあお笑い好きのひとが自分の好きな芸人さんなんかの話を誰かが自分のことのように話してたら、あんまりいい気分にはならないだろうな。
「あと…」
まだ何かあんのかよ。
「俺、ひとが話をしてる時の“うなずき方”でなんとなくそのひとが本当の事を言うひとかそうでないかわかるんすよ。これは経験でしかないから何の根拠もないし、学術的な証拠とか確証もないんすけど、あのひとは確実に嘘言ってるのがわかります。なんとなくそういう仕草だったりが変なんですよね。たとえば話の途中で質問したりとかすると、答えに困るじゃないですか。だって実際にはそんなことは経験してないんだし、また嘘をついてその話に追加の嘘の話を作らないといけない。だからなんか変になるんだと思います。」
なんとまぁ。
その後、僕が聞いた話と鈴木君が聞いた話を照らし合わせたりして、田中さんがどのくらい本当を言っていて、どれほどの嘘をついていたのかと考えてみると、身近な事(僕らも知っているような共通の事)以外の「以前経験したという話、昔の話、ネタとなるようなおもしろい(だろう)話」は、おそらく信用できないということに至った。たぶん、自分のやっているTwitterやInstagramのフォロアー数の話なんかも、もちろん全部信用ならんということだ。
確かに、よく考えたら、そんなにも有名なひとだったら何かしらもっと忙しいはずだし、僕らが働いているようなところでアルバイトなんぞするはずがないのだ。何もかも信用できないし、どこからどこまでが本当の事で、正しいことなのかわからない。僕らはすでに疑心暗鬼になって、田中さんのことを疑うことしかできなくなっていた。
ただ、鈴木君が言うには。
僕らができることとして以前に田中さんから聞いた話などはどうでもよくて「僕らが見たままの田中さんを信じれば」それでいいんじゃないのか。その上で、また嘘つくことがあれば「それって聞いたことがある」とか「それは芸人さんの話じゃないか」とツッコミを入れたらいい。田中さんはどうにかして自分に注目して欲しかったんだと、僕らが理解してあげたらそれでいいのではないか?と、神のようなことを言っていた。
なるほど。天才かよ。
その事があって僕は「虚言癖」についていくつか調べることにした。
虚言癖を持つひとは、最初に本当のことを言って「あたかも自分は知的で何でも知っている」かのような事を言い、相手を小さくだが信用させると、少しずつ少しずつ嘘を言ってみるのだという。
そうしてその事で嘘がバレなかったら、その次はもう少し大きな嘘をつく。
その嘘もバレなかったらもう少し大きな嘘を…という具合にどんどん続けていき、最終的に自分の周りを嘘で固めるのだというのだ。
もちろんその嘘がバレてしまうと、連鎖的に作り上げた嘘の壁が崩れていき、まるでサスペンスドラマや映画みたく、本性があらわになるのだとかで、そうなると単なる“嘘つき”でしかないわけで、結果ひとはどんどん離れていくのだと説明されていた。
じゃあそういうひとってどうやって対処して、どうやって見分けたらいいんだろうか?と思うだろう。
もしも、「いいひとなのに周りに友人がいないまたは少ない。いつもだいたい単独で行動しているというひと」がいたら要注意。
ひとというのは、相手が自分に対して嘘をついている事がわかるとそりゃあショックなわけだ。
いいひとで知り合いが多いけど、深く付き合う友人や仲が良くて休みの日はだいたいいつも一緒に行動しているような友人が「いない」場合、つまりはそのひとの虚言に皆気付いることがあるのだという。
友人は、深く付き合っても何ら良いことをもたらすことはないと無意識のうちに思うか、鈴木君のように敏感に察知して意識的に離れるようになる。そうやってなんとなく察知できるひとと、「付き合い」として身近に置いておきたいと思うひとの二種類がいるのだが、田中さんに対して僕が思ったように、「いいひとだな」と思って近寄るひとをどんどん嘘でつけ込もうとしてくるのだという。コーワー。
対処法としては、「全く相手にしないこと」だ。
相手にしなければ自分も嘘はつかれないし、相手も嘘をつけなくなる。
もしも勇気があって遠ざける必要があるのだったら、直接言ってしまうのがいいだろう。そうしたら嘘なんてつけなくなるに違いない。
なんて話。
あんまりゾクッとくる話ではないけど、僕はちょっとだけ怖かったかな。そんなひとははじめてだったし。
最後に。
もうちょっとだけ個人的に怖いなと思ったこと。
鈴木君とは幾人か共通の知り合いがいるのだが、鈴木君が「〇〇さんと△△さん、気をつけた方がいいっすよ」と言っていたこと…だ。
上記にも挙げたように、鈴木君にはなんとなく嘘つきを見破ることができる能力がある。そういう意味で言っていた。
こ、怖いじゃん。
怖い人間もいるけど、誠実な元気を出そうぜ。
嘘に負けないだな、これからの僕は。