[レプリカント]真実への門、門とは傷、コンプレックスが開く???[テレプシコーラ]
「門」とは何か?
まずはこのことについて意識共有させてください
質問に質問を重ねますが、あなたは「人の本体」はなんだと思いますか?
目に見えるカタチに標準を合わせるのであれば、
脳、心臓、腸、巣、骨、血、肉、
そういったものが主に挙げられるでしょうが、
そのどれに関しても詳細に観測しようと思えば、「開く」必要があるといえるでしょう。
即ち「傷」という「門」を対象に設置する、ということです
それでは、目に見えないカゲに標準を合わせたときはどうでしょうか?
電気信号、神経伝達物質、心、魂、魄、運命、宿命、経験、知識、知恵、
思い出…
たとえば目の前で笑うその人は、真実(ホントウ)に笑っているのでしょうか?
それはあなたを騙そうとしている笑顔かもしれない
社会を生きていくために張り付いた仮面を、
本人すらも笑顔と思い込んでいるのかもしれない
本当(ゲンジツ)の不条理や怒り・憎しみ・嫉妬を知らないから笑っていられているだけで、
偽りのコスモスに調教され、調整され、植え付けられた笑顔かもしれない
その人のホントウの価値、その人の本体を観測するためには、
やはり、「開く」必要があるといえるのです
それはつまり………???
対象の心に傷をつけること
人が神を敬うのは神にその利益を与えてもらっているからではないか?
その者に与えたものをすべて取り上げなければ、その者の真の価値はわからない。
人々が社会で善良で暮らしていたのは社会から利益を与えてもらっていたからではないか?
社会で得たものや、社会という「神」の価値を取り上げなければその者の真の価値はわからない。
このサタンの試練こそが
「神は死んだ」
「神」が死んだことで多くの人々が末人やニヒリズム、ルサンチマンとなりました
一方で設置された「門」を進むことで、「現実」や「真実」を直視する者も現れるようになりました。
「コンプレックス」という存在の作用になります。
まさに「人の本体」が見えるようになったといえるでしょう?
相手から全てを奪って初めてその者の本体が見える、ということになります。
そのように考える者たちにとって、「門」とは「本体を暴き出すハロー(光背)」即ち、「啓蒙」、ということができるでしょう。
この記事をここまで読んでくださったあなたに、
そして、これからこの世界を生き抜いていくあなたに、
覚えておいてほしいことがあります。
それは、カゲについては必ずしも「門」を設置するだけが「開く」方法ではない、ということです。
長い時間をかけて
寝食をともにして
同じ釜の飯を囲み
腹を割って語り合って
なにも言わずとも、意味もなくとも一緒にいて
そういう「開く」もある、ということです。
「あたりまえ」のことのように思えているあなたは「まだ」大丈夫なのでしょう。
しかし、いまから10年前のことを思い返してみてください。
当時の「あたりまえ」の、
いったいどれほどが「あたりまえ」のまま残っているでしょうか?
啓蒙やAI達が言うでしょう?
「あたりまえを疑え」、と
たしかにその通りではあるのですが、
その言葉の裏にある
「あなたに門を設置する」
というイシを見通す直感を身に着ける必要があるのです。
そういったイシによってではなく、
あなたの「内側から湧き上がる力」によって門を「私」の内に統合していくことが重要なのです。
もう一つ覚えておいていただきたいことがあります。
「嘘すらもその人のホントウの一部」
そうやって相手の全体を受け止めようと
「葛藤」する「道」もあるということです。
これらの内容は次回以降の記事を読んでいただく上で非常に重要になってきますし、この先を生き抜いていく上でもきっと大切な気付きに繋がっていくことでしょう。
読んでいただき、どうもありがとうございました。