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追いかけてくる女の夢

 これは私が子供の頃に実際見た夢の話。

 私はあるものから逃げるべく、深夜、家の前の坂を走っていた。その坂は車道の両脇に歩道が敷設されていた。夢の中でも現実の体力が反映され、持久力に乏しかった私は二十メートルほど全力で走ると疲れてしまい、数分息を切らして歩き、また全力で走るというのを繰り返して逃げていた。
 何から逃げていたかと言えば、女だ。白いワンピースを着て、黒い髪が腹の辺りまで伸びている女。俯いているため髪がだらんと垂れている。よって顔は全く見えない。両手を力無く下ろして歩くたびにぷらぷら揺らしていた。貞子そのままと言っていい女だった。
 彼女は歩いて私を追ってくる。家々の明かりは消え、人も車も通らない静かな道を歩く女と走る私。しかし、私は知っていた。彼女が「私が通った道しか通らないこと」を。つまり、私の足跡を辿って追いかけてきているのだ。
 この性質を利用して、私は坂の一方の歩道を上り、もう一方の歩道を下って女から逃げていた。私が坂を上って下る頃には、女は先程私が上った歩道を上っている。下ってくる私を見た途端に、車道を横切って私の方に向かってくるようなことはない。そのまますれ違って、また私が上る頃には先程私が下った歩道を女が下っている。女の歩く速度もそう速くないため、こちらが止まらない限り絶対に追いつかれない訳だ。
 そうは言うものの、私は怖かった。深夜の町の雰囲気から、この世には私と女だけになった気がしていた。誰もいない世界で自分はいつまでも逃げ続けなければならないのかと思うと、走りながらも不安になった。
 女に捕まることへの恐怖。他に誰も居ないことへの心細さ。走り続けなければならないことへの不安。それらが胸の中で渦巻いていながら、何より優先されるのは、女に捕まらないように逃げること、まさに生存本能だったので、涙を流すこともなく、必死に走っていた。

 先日、ある方からあるホラー映画を教えてもらった。『イット・フォローズ』という映画だ。題名を聞いた時点で、嫌な予感がした。その予感は的中した。
 劇中では、様々な人物に姿を変える存在が、対象の足跡をそのまま辿るわけではないのだが、ずっと追いかけてくるとのことだった。姿を変えられることや経路を選べることなど、私の夢とは違う設定だが、嫌な一致もあるものだ。

 何かが追い続けてくるというのは普遍的な恐怖なのだろうが、私の夢の女の場合、走ることなく歩いて追ってくること、そっくりそのまま自分の歩いた所を辿ること、この二点が「終わらない追跡」を強調し、恐怖を増幅させた。これは無限ループに対する恐怖とも似ている。
 以来、その夢は見ていないが、夜道であの女に遭遇してしまわないかといまだに怯えている。

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