【映画批評】#18「マミー」あの夏の熱狂が生んだ空気で死刑が執行されていいのか
連日立見続出、和歌山毒物カレー事件を多角的に検証したドキュメンタリー作品「マミー」を徹底批評!
全く決定的ではない状況証拠の集積、科学的証拠の脆弱性発覚と反証の出現、自白なし、動機未解明、検察による司法取引の判明、マスコミによる悪質な印象操作等、死刑判決が下るにはあまりにも不可解な状況を取材によって解き明かした超力作。
そして、死刑囚の息子として懸命に生きる長男に思いを馳せる。
鑑賞メモ
タイトル
マミー(119分)
鑑賞日
8月3日(土)14:10
8月11日(日)13:25
映画館
第七藝術劇場(十三)
鑑賞料金
1,900円(一般価格)
事前準備
予告視聴、事件の概要理解
体調
2回ともすこぶる良し
点数(100点満点)& X短評
95点
あらすじ
ネタバレあり感想&考察
本当に無実の可能性がある
あえて言う"こんなの"で死刑判決が下される恐怖
まずは映画のデキから。
爆裂に面白いドキュメンタリー作品だと思う。
個人的に国内ドキュメンタリー作品では障害者プロレスを取り扱った超傑作「DOGLEGS」に匹敵する作品が現れたと思い、すこぶる興奮を覚えた。
ものすごいパワーを持った作品に間違いない。実際、若干遠めのミニシアターに2回観に行ってしまったぐらいだ。足を向かわせる何かがこの映画にはある。(もちろん、十三という街の魅力も手伝っているがw)
観に行った2回とも満席、立見数十名といった状況だった。
本記事は映画としての面白さと、実際の死刑判決への異議について、ないまぜに書き記したい。
※以降、林眞須美さんと呼称します。
筆者のスタンスはこれにて察してください。
林眞須美さんは1998年7月に発生した和歌山毒物カレー事件、ほか過去の保険金詐欺事件の容疑者として同年10月に逮捕。
和歌山地裁、大阪高裁、最高裁での死刑判決を経て、2009年に死刑確定。
逮捕時から現在まで、本人は当初黙秘→2004年から獄中から無実を訴え続けており、2度和歌山地裁へ再審請求を求めているがいずれも棄却。(現在3回目の再審請求を申立て中)
新作短評に記したとおり、事件発生当時の98年夏はまさに熱狂の夏だった。
夏の甲子園真っただ中、平成の怪物・松坂大輔の独壇場となった横浜高校の春夏連覇で日本列島が沸いた一方、連日ワイドショーを賑わせた一大事件が本作で取り上げられた和歌山毒物カレー事件だ。和歌山県の田舎の町内会の夏祭りでふるまわれたカレー鍋にヒ素という毒物が混入され、67人の死傷者が出た無差別殺傷事件である。事件のセンセーションさもその一端ではあるが、なぜ列島が熱狂したかと言われると、まさにマスコミが連日ワイドショーにて盛り上げに盛り上げまくった"劇場"だったからだ。いや、今となっては"酔狂"だったと言っていい。
当時筆者は小学4年生の10歳。奇しくも本作に出演している林家の長男とは1歳下だ。ほぼ同じ時代を生きたといっていい。事件発生が夏休み序盤だったこともあり、本当に毎日この事件について、テレビ・新聞で嫌でも耳目に触れざるをえないといった状況だった。
本作はその林眞須美さんの無実の可能性を探る目的で製作されている。
警察・検察・当時のマスコミ報道が誘導した林眞須美さんを真犯人とした事件前の保険金詐欺の真実、カレー鍋に毒物を混入できたのは眞須美さんのみだったとする目撃証言、物的証拠とされる事件で使用されたヒ素成分の科学鑑定、それぞれの反証を長年の地道な取材で解き明かしていく。
実際に科学鑑定を行った大学教授に直接問いただし、犯人を特定するための証拠として一切機能しないことを期せずして認めさせてしまうというドキュメンタリー監督として、大ホームラン級の言質を映像に収めた。
この取材対象者である東京理科大の中井教授の佇まいや、あえて言うと淡々とした不気味さを放つ喋り口調がその異様さを助長している。
観客は科学鑑定の反証の確定の瞬間を観た興奮とともに、その程度の証拠で死刑求刑裁判での重要証拠として認められてしまうことに対する恐怖に打ち震えるのである。
その反証の決め手となる重要な指摘を京都大学の教授がインタビューで説明するのだが、一般観客でもわかるようなレベルの杜撰さなのだ。
中井教授の名誉のためにフォローすると、あくまで本人が重要証拠として採用されると想定していなかったことは理解できる。中井教授のモチベーションは当時の最先端技術(Spring-8)が有用なものだとアピールできればいいぐらいの受け取り方だったのだろうし、眞須美さんが犯人で間違いだろうという、我々=世間と同じ認知バイアスがあっただろうことは容易に想像できる。
本当の問題は警察・検察が本来証拠として何の担保もないものを物的証拠として採用し、裁判所もそれについて何の疑問も持たずに証拠として認めてしまったことである。
ここが問題の本質であると同時に、本当の恐怖があると考える。
これはとんでもないことだ。脳天に雷を食らったような衝撃だった。
2009年当時に死刑判決が下された時は大学生だったため、数多の有識者が死刑判決に疑問を呈していたことに一定の理解を示せる程度には自分も成熟していた。しかし、ここまで捜査や判決が司法側による恣意的なものだったとは想定していなかった。多少強引に結論付けたところはあっても、捜査や証拠等は担保できる一定レベルにあるのだろうと考えていた。この科学鑑定の反証シーン自体は映画の前半だったが、この時点で看過できないレベルだと受け取った。加えて目撃証言についても、林さんの弁護側の検証によって、ほぼ無効だと証明できる状態にある。
映画の終盤は当時、林眞須美さんを被疑者として決定づけた保険金詐欺疑惑の記事をすっぱ抜いた当時の朝日新聞記者を皮切りに検察担当、警察の捜査担当刑事、判事などに取材を試みるが、反証や疑義を呈されているにもかかわらず、誰一人まともに回答しようとせず、監督たちは煙に巻かれる。もう決まったことだし面倒ごとはごめんだ、という態度がみえみえである。
※上記の元朝日新聞記者は設けられた場で一定の回答をしています
回答拒否の他の人間の態度とは一線を画していることを補足しておきます
本作では触れられていないが、本事件で当時担当した大阪高裁の裁判長は過去に「東住吉事件」という本来自然発火による火災事故にもかかわらず、保険金目的の殺人事件として立件され有罪判決、後に再審によって無罪判決となった冤罪事件について、途中の有罪判決を下した問題のある裁判長である。(既に逝去されています)
本件も司法側にそういった人間がかかわっていたという事実は押さえておいた方がよさそうだ。
映画の話に戻そう。
本作の二村監督は映画終盤にて、一線を越えた行動を取ってしまう。
ただ本作を通して、並走してきた観客はその熱意ある行動に一定の理解を示すと同時に、ジャーナリズムの暴走を目の当たりにすることで、当時のカレー事件の過熱報道への疑問が頂点に達する。
「あの夏の熱狂が生んだ空気で死刑が執行されていいのか?」
「こんなので死刑判決が下ったのか?」
死刑が執行されてからではもう引き返せない。
日本の司法が自らの裁定に責任を持つ組織だと信じ、
本事件の再審開始を切に願います。
↓本作のベースとなったYoutubeチャンネルです。
本作が観られない方はこちらを観るだけでも、事件についてカバーできる内容です。まずは本作にも登場するノンフィクションライター片岡健さんのインタビューを観て、当時のマスコミ報道のひどさ等も含め、事件について虚心坦懐に物事を観られるようにするのが良いかと。
夫・林健治のあっと驚く死生観
それが逆に無実の信憑性を高める
林眞須美さんの夫・林健治さんも本作に出演している。
言い方が合っているかわからないが、この健治さんの出演シーンが超絶面白かった。カレー事件前の保険金詐欺の疑いにより、夫婦ともに逮捕。
警察・検察の捜査では、健治さんは高度障害認定による多額の保険金詐欺のため、眞須美さんにヒ素を盛られた被害者とされている。しかし、本作と元になったYoutubeチャンネル「digTV」にて、自らヒ素を飲んで傷病を装い、保険金詐欺を企図していたことをあけすけに語っている。
このシーンが実録犯罪モノの言質としても、ドキュメンタリー撮影中の思いもよらない釣果としても、最高に面白い。
「ヒ素飲んでも味もせんし、苦痛も大してないしな」
「こんなん(ヒ素摂取→入院→高度障害認定)で1.5億やろ? 楽勝やなぁ思て」
「日本生命は簡単に払ってくれた」
「1.5億入金って三和銀行から電話来て、そこからやみつきなったんよ」など
名言(迷言)のオンパレードである。
同時に、この大金(あぶく銭)のためなら、自分の体ぐらい軽く投げ出すわい、と言わんばかりの自身の命に対する目線の軽さが保険金詐欺の主犯格は眞須美さんではなく、彼であるという信憑性を高めている。加えて、そうである方が自然なのだ。この一連の証言はYoutubeでさらに詳しく語られているので、ぜひ観てほしい。
笑いながらも、事件に対する見方が変わるきっかけになるかもしれない。
さらに自白や動機について何の手がかりもなかった際に、検察から司法取引を持ち掛けられた話(裁判で林眞須美さんにヒ素を盛られたと証言し、この女は死刑になって当然だと裁判長に訴えてくれと土下座しながらお願いされた)もされている。
それによって健治さんに示されるメリットがあまりにもリアルかつ具体的で、とてもウソとは思えない証言だ。健治さんは裁判でその旨の証言はせず、保険金詐欺については自ら起こした事件であり、ヒ素の摂取は被害によるものではないと証言した。もし、眞須美さんが保険金詐欺のために健治さんを殺害しようとしたのであれば、健治さんが庇う必要はない。しかし、公判では眞須美さんを庇っているとして、不採用となった。
健治さんは「もしそうであれば自分の人生をめちゃくちゃにした張本人、その相手を庇う理由がないだろう」という旨を語っている。
映画終盤、保険金詐欺を共謀した男で家族ぐるみの付き合いをしていた、泉という男に長男と直接会いに行く。
家の前まで行き、ピンポンを押す前に「あのガキ、裏切ったくせにこんなええ車乗りくさりよって」といい感じにイキっていたものの、泉本人を面前にすると好々爺よろしく、しおらしくなる様子が愛くるしい。
一緒にワイワイ保険金詐欺を楽しんでいた昔の仲間との再会は、緊張感を持ったものになるだろうという予想に反して、お互いに歳を取り、詮索する気持ちが薄れ、情けなくも懐かしく優しい空気が流れながら、やっぱり気まずいといった絶妙な空気感であった。
これぞドキュメンタリーといった珠玉のシーンだった。
事件に対する考え方は置いておいても、本作を通して林健治さんの言動だけでも十分に楽しめる。ここでもあえて言うが、"素晴らしいキャスティング"だった。
これだけ辛い境遇でも理性が優先する
林家の長男に勇気づけられた
自分の想像には到底及ばない人生を歩んできたと思う。
それでも道を外さず、ちゃんと事件に向き合い、しっかりと事件・裁判の内容を調べ上げたうえで、母が無実だと思うに至り、ただ感情が優先することなく、地道に活動されている長男の男性にはこうべを垂れる思いだ。
自分も彼を見て、しっかりしないといけないなと思わされた。
本当に慎重すぎるぐらい慎重に物事を進める、理性的な態度が良く伝わる。
司法の決定に疑義が残る状況の中で、身内の無実を検証、訴求するのは当然の権利だと理解しているので、世の誹謗中傷など臆せず、活動していただきたい。しかし、いかんせん実際にそういったものを目にするとうろたえるのもまた当然だと思う。
いずれにしても、我々の想像を絶する経験をされてきたと思う。
本作を通して、これだけ向かい風の強い状況の中であっても、そんなことを一切感じさせない彼の佇まいや理性的な言動には本当に勇気づけられた。
彼でないとここまでの気持ちにはならなかったと思います。
引き続き、彼の活動を支持しますし、応援もしています。
まとめ
自分が見て聞いた話から推測できることなど、本当に限定的なものなのだと思い知らされました。
冤罪か否かももちろんですが、ここまで反証が出てきている中で再審しないとなると、司法が過去に間違った裁定をした可能性があっても振り返ることすらしないと言っているのと同義であり、権威を揺るがしかねない態度だと思います。
自民党で続出している裏金疑惑ですらロクに起訴もできず、不起訴で済ませ続ける中で、本作はド直球に司法のその間違った態度を改めさせるかもしれない強度を持っています。
国家組織の健全運用のためにも、和歌山地裁には重い腰を上げていただきたいです。
長男さんのプライバシーもあるので、公開終了後の配信やDVD化されるかどうかも現時点では不明でしょう。観られる環境にある方はぜひ観に行っていただいて、この事件のことを再度考えるきっかけにしてほしいです。
本作の関連動画、Podcastも添付するので、興味あれば観てみてください。
よろしくお願いします。
最後に
いい加減なことは書けないので、疲れました。
とはいえ、重要な投げかけがされている映画なので、いつもより力を入れました。さすがに毎回このレベルは厳しいです。笑
話は変わりますが昨日、新作のクレヨンしんちゃん映画を観ました。
先に言っておきますが、ブチギレ批評になります。#11で批評を拒否した某ルックバックと同じ禁じ手を使っており、本当に最悪な気分になりました。
昨年のクレしん映画もブチギレでしたが、今年はまた違った方向性で神経を逆なでしてきてますし、より深刻な実力低下が顕著だと思いました。
※↓は昨年の「しん次元!クレヨンしんちゃん」のX短評ポストです
noteにて初の終始ブチギレ批評になります。乞うご期待!!