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【映画批評】#36「本心」 湧き立つ感情ですら本心として表出できない世界

「月」「舟を編む」の石井裕也監督が池松壮亮を主演に迎え、平野啓一郎の同名小説を原作にデジタル化社会の功罪を鋭く描写したヒューマンミステリー「本心」を徹底批評!
AIアバターと人間との関係のあり方がメインテーマかと思いきや、近未来ディストピアに扮した現代社会の問題提起。かつ儚くも物悲しいラブロマンスに大号泣。もうAIとかアバターとかどうでもいい。朔也と彩花の恋愛にフォーカスを当てます!


鑑賞メモ

タイトル
 本心(122分)

鑑賞日
 11月8日(金)12:25
映画館
 TOHOシネマズなんば(なんば)
鑑賞料金
 実質0円(ムビチケエポスポイント使用)
事前準備
 特になし
体調
 すこぶる良し


点数(100点満点)& X短評

80点


あらすじ

「大事な話があるの」――そう言い残して急逝した母・秋子(田中裕子)が、実は“自由死”を選んでいた。幸せそうに見えた母が、なぜ自ら死を望んでいたのか…。どうしても母の本心が知りたい朔也(池松壮亮)は、テクノロジーの未知の領域に足を踏み入れる。生前のパーソナルデータをAIに集約させ、仮想空間上に“人間”を作る技術VF(ヴァーチャル・フィギュア)。開発している野崎(妻夫木聡)が告げた「本物以上のお母様を作れます」という言葉に一抹の不安を覚えつつ、VF制作に伴うデータ収集のため母の親友だったという女性・三好(三吉彩花)に接触。そうして“母”は完成、朔也はVFゴーグルを装着すればいつでも会える母親、そしてひょんなことから同居することになった三好と、他愛もない日常を取り戻していくが、VFは徐々に“知らない母の一面”をさらけ出していく……。

「本心」公式HPより引用

ネタバレあり感想&考察

湧きたつ感情を抑えること
それが本心になる登場人物たち

面白かったが、どう言葉にしていいか未だにわからない。
でも本当に良い映画だと思っている。それが本心だ。

めちゃくちゃ変な映画だった。
池松壮亮演じる主人公の朔也はほぼ棒読みに近いし、主要な登場人物も非常に淡々としていてあまり実在感がない。モブキャラに当たる登場人物ですら、カリカチュアされたような露悪的な人物描写でこちらも実在感がない。

近未来の話だからという理由では決してない。なのに現代に通ずるリアリティがそこには渦巻いている。カリカチュアされた人物描写も表出させると実在感はないが、現代の空気感としてたしかな実体なき実在感がある。
アメリカ大統領選における中間層が向けた民主党への怒り絶望の空気感が本作は諦めに近い境地で表現されていた。まだ判断するには時期尚早なものの、現実の方がポジティブな事象が起きているあたりは良い兆候なのかもと思っている。本作の世界はあくまでディストピアだ。

上記のカリカチュア表現を嫌う人も多いかと思うが、ステルスにこういった悪性の本心を隠し持っている人間が大多数だと自分は認識している。自分もその中の一人だという自覚もある。この部分に関しては内省が必要だと思わされた。批判的な意見も理解できるが、自分はそういった気持ちにならなかった。割と朔也側の人間かもしれない、買いかぶりすぎかもだけど。
自信を持って自分はこんな人間ではないと言いたい気持ちがあるが、到底そんな自信はない。そう言える人は聖人かバカかの二択でおっかない。揺らいでいる人が人間らしいし、真っ当に感じる。そういった人には確実に刺さる映画だ。

「大事な話がある」と言い残して死んだ母親をバーチャル化し、本心を探ろうとする主人公の行動は共感できない。目の前の大事な異性にすら、湧き立つ感情をぶつけられない男なぞ、なおさら共感するはずもない。
しかし、本作で描かれる格差社会や階層による分断が彼らの感情を押さえつける、または無意識に変容させられる外部要因になっているのが心苦しい。

謎仕事リアルアバターは実現しそうで怖い

代理で言わせた(聞かされた)本心が結実する裏で、社会的に押さえつけられた素直な本心が隠されていることを映像化した価値は大きい。ハッキリ言ってAIとか、自由死とか、リアルアバターとか、VF(※)お母ちゃんの本心を知るかどうかはどうでもよく、朔也と彩花の恋が結実するかしか興味がなかった。

※VF=バーチャルフィギュアの略、本作では仮想空間上の人間として、死んだ後に主人公の母のVFが作られ、登場する

お互いが本心を見せて恋が結実するのだろうと思ってみていたので、イフィー君に譲る結末は本当にキツかった。朔也が彩花を好きだという本心を抑えることで、相手の確実な未来を願うことを本心だと結論付ける。朔也の間違ってないけど確実に間違っている決断。彩花も朔也の気持ちを汲み、本心を抑えてイフィー君と添い遂げる。そこが哀しくて悲しくてたまらなくて号泣してしまった。
イフィー君の代理でイフィー君のリアルアバターとして朔也は告白させられるのだが、それが朔也の本心と重なる皮肉ということをわかっていてもツラいものがあった。演出や話の流れとしては物珍しいものではないが、観客の心をえぐるには十分な背景と脚本だった。本当に勘弁してほしい。(褒めてます)

結実してほしかったなぁ…

そこからのVFお母ちゃんとのやりとりは正直あまり覚えていない。どうでもよかった。「20世紀少年」のラストでの限定的なオープンワールドの仮想空間で当時のともだちと和解したからって何なんだよと似た感想になるに決まっているからだ。あくまで過去データを集積したにすぎないVFの本心がそうだと決定づけるものは何もない。本人ですら本心というものにたどり着けるかどうかもわからないし、適切に表出できる術があるかも人による、隠し通すべきものだってある。

AIには自分がやっているものも含めたどうでもよすぎるホワイトカラー労働を巻き取ってくれという感情しかないのが本心だが、自分以外の人がAIによって自身の感情が左右される可能性は少なからずあり、そのことに対しての注意は働かせたい。あわせて格差や分断といった外部要因によって感情が決定づけられることは決してあってはならないと思う。
そうなりやすい世の中になるのだから、より一層人間らしい湧き立つ感情に素直になることを意識しないと急速に変化する世情に飲み込まれてしまう。

平野啓一郎原作なので、かなり重層的かつ哲学的な作品なのは重々理解しているものの自身が読み取れるのはこの程度だな。
とにかく観るべき映画なのは間違いない良作。

三吉彩花が最高
これ以上ないヒロインだ!

全体的に抑えた演技を求められた映画だったと思うので、印象的な演技の発揮どころが少ない映画なのは間違いない。境遇やキャラクターの印象から衣装や髪型なども抑えての演出だったのにも関わらず、ヒロインとして異彩を放った三吉彩花の存在感はすごかった。

三吉彩花フォーエバー!

本作で彼女の大ファンになった。モデルさんとしての活躍しかほぼ知らなかったので、こんなにドラマ映画作品で映える役者さんとは思っていなかった。ちょっと衝撃。もっともっとドラマ映画に出てほしい。
原作でも三好彩花という役名だったので、ほぼ平野啓一郎の宛て書きに近いのだろうか。本当に三吉彩花本人が演じることによって、おめぇ平野のリアルアバターみたいなもんじゃねぇか!とツッコみたくなるが、もう彼女の存在に圧倒されて、そんなツッコミも野暮になるぐらい素晴らしかった。

大MVPです!三吉彩花フォーエバー!!!


まとめ

愛する女のために一歩引いた決断をする男、という映画に自分は弱いです。
「薄氷の殺人」を思い出しました。こちらはサスペンス要素もあり、全然テイストは違いますが、恋愛描写については共通点を感じながら観ていました。この映画のラストは本当に心持っていかれたので、必見です。本心が物質的に映画的に表現された大傑作だと思います。

と思ったら、いま配信で観る手立てがなさそうなのがツラい。
自分はブルーレイで観ます。


最後に

今年一番買ってよかったもの決定!!

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