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ハペとの距離感を捉える


記していて自分で

びっくりの連続なのだが

ハペをいただく時間は

愛しい瞬間だし


他人様に吹く行為も

よろこびなのですが



改めて(はじめて)
突き詰めていくと

どうやらわたしにとっての

ハペという存在は

ハペが好き❗️というよりも

お仕事の延長先上にあったもの

であり

(お仕事はヒーリングやカウンセリング)


そのための

空間創りやセッティングが好き
ハペを通じて出逢う人たちが好き

というところに辿りついてしまった

(それを好き❗️と呼ぶのだろうが...)




ハペをいただくにあたり

じぶんを整えていく時間や

内なる声に耳を傾けたり

あるいは

外側に注意を払いながら

邪氣を跳ね返したり




要は

じぶんと対話する時間が尊いし

他人様と対話する時間が愛しいし

それが好きなのである


だから

主観的なセッションというよりは

客観視できる余裕があるというか


ハペという植物に対して周りから

何を言われても

偏見にさらされても

いやいや、これは神聖な薬草で!!

とか

人々を救う奇跡の
シャーマニックセッションだ!!

とか





そんなことはまったく想わなくて

(いろいろ言われてきたので)



そらそーですよね、

怪しいですもんね、と

認めますし

実際に怪しいし笑


そんな人の目のことよりも

この方にはここを意識してもらって

このような運びにしたほうがいいよね

効用としてはこちらの種類のハペがいいよね

氣分がすぐれないように感じるけれど
好転反応ですよね

などなど



どこか肩の力を抜いて

冷静に対処してきたように

おもう

結局は

好きを追求した結果ではあるが

それだけではない、なんなら

ハペでなくてもいい

それなのに

日本初のメタルハペ棒

なぞを

一年ほどの時間と労力を掛けて

プロ職人さんと

製作してみたり

(ゴジラとか手掛けてる結構すごい方)

(古代文字を本気で扱うため
表には出てこない)

(その意味はお察しください)



わたしもわたしのことが

よく分かっていないのが現状で

一言でいうならば

流れ


でここまでやってきた


でも

だからこそ?

執着がなかったからこそ?


長年続けてこれたのだなと

今になって感じる


シャーマニックなことって

ご縁や流れや使命や

そもそもの氣概足るモノがないと

長く関われないことも

少しずつわかってきている

そして

長く関わればいい

というわけでも、ない

弥栄

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