話したがりおぢビギンズ
ある金曜日、裁判を見に行こうと思い計画的に有給を取得していた。
気持ちが昂りすぎていた私は、前日の夜には釣りに出かけた後にファストフード店でドライブスルーをして期間限定メニューを馬鹿みたいに食べた後に血糖値の急上昇による気絶で眠りについた。
翌朝、6時にアラームで目を覚ました後にゆっくりと時間を掛けてコーヒーを淹れ、茶菓子と共に美味しく頂く。普段私が行っている近所の地裁支部が開くまで時間があったので趣味のレザークラフトをして時間を潰している最中にふと過った。
「支部の刑事事件の取り扱いって何曜日だっけ」
慌てて確認すると曜日が私の認識とズレていた。行く予定であった支部では金曜日は刑事事件を扱っていない。曜日を間違えて有給申請をした愚かな自分に対して悪態を吐きながら腕時計に目を落とす。今から出れば大きな地裁の午後の部には間に合う。このまま有給を棒に振りたくない一心で私はバッグを手に取り大学ノートをそこにねじ込むと立ち上がった。
家を出る直前に地裁の入口にある手荷物検査を思い出した。今まで幾度となくそこで止められて身ぐるみを剥がれたことを思い出してベルトを外し、履きかけていたレッドウィングのブーツを脱ぎ捨ててドクターマーチンの8ホールに履き替える。
レッドウィングやチペワのブーツはヒールのネイルやシャンクなどが金属探知機に引っかかってしまう。革靴を履く場合はリーガルの短靴か、ブーツならばマーチンに限る。
ランニングシューズを除いて靴らしい靴を革靴しか持っていない私にとって傍聴での靴選びは少し気を使わなくてはいけない。
家を出てからその日着ていたカバーオールのチェンジボタンが引っかかるのではないかという懸念が過ったがもう遅い。それに上着はもう脱げばすぐに通れるだろうと自分に言い聞かせる。
思い立ってすぐに家を出たが、幸い駅につくとちょうど急行がやってきたので奇跡的に待つことなく電車に乗ることが出来た。
自分の詰めの甘さと愚かしさを呪いながら一路、地裁へと向かう。電車に乗り込んだところで「家のガス、ちゃんと止めたっけ」とか「充電してるワイヤレスイヤホンのリチウムバッテリーが発火するのでは」という心配が湧いてくる。いつも家を出る度にこういった心配事が山程脳裏をよぎる。いよいよ何かしらの疾患が疑わしい。家族や友人からもそういったありがたいご意見は何度も頂いている。さすがに頭にアルミホイルを巻くようになったら病院に行こうと思う。もし自身でその事に異常性を感じることが”できた”としたら。
とはいえ、電車に乗り込んでからはもう戻ることは出来ない。気を紛らわせる為に私はバッグから文庫本を取り出し物語の世界へと飛び込んだ。
私は週末などに行きつけの飲食店などに行く際、混んでいて入れないというリスクを回避する為、病的なまでに開店時間の少し前には駐車場に入る始末だ。
それは裁判の傍聴とて例外ではない。とくに大きな地裁となるとことさらだ。人気の裁判には人が押し寄せ、最前列を確保することはおろか、席に着くことすら難しくなる。
そういうわけで私は普段、その地裁に傍聴に行く場合朝一番から行く様にしていた。もっとも、朝早くから行く理由はそれだけではなく「いっぱい裁判が見れるから」という安直な理由も少なからずあってのことだ。
しかし、この日は残念ながら朝イチからの傍聴が出来ないことが確定していた為に早くも心は折れ始めていた。
駅を出て地裁へ向かう道中、少しでも気持ちを取り戻すためにお気に入りの喫茶店に寄りコーヒーと自家製プリンを注文する。ここのプリンは絶品で、少し硬めのプリンに甘さが控えめの生クリームとフルーツがトッピングされている。カラメルシロップとクリームとを一緒にスプーンですくい上げて食べたときに広がる幸福感たるや、このプリンを食べる為にここまで来たということにしてもいいと思えるくらいだ。本当に3回くらいそう思った。あるいはそれは”そう言い聞かせたかった”ということも多少なりとも含まれていたのかもしれない。もしそうだとしても得られる幸福感を思えば十分だ。
プリンを平らげた後、タバコを二本ゆっくりと吸う。地裁は全面禁煙である為、タバコを吸うためでも一度出るとまた手荷物検査が必要になるのでこれが裁判前最後の喫煙となる。
喫茶店の店内では、いつもガンギマリの目をして店内を飛び回っている店長はまだ午前中でエンジンが温まっていないせいか、ごく普通の爽やかな青年になっていた。時間が少し違うだけで見えるものは大きく変わってくるらしい。
一服し、一息ついたところでのんびりと裁判所へと向かう。手荷物検査の金属探知機は問題なくパスしたが手荷物のX線で止められた。今までなかったパターンに、私は何か変なものを入れていたかと焦ったがどうやら車のキーにつけた真鍮製のキーホルダーが目に止まっただけのようだった。動揺したせいで手荷物のカゴにシチズンの腕時計を忘れかけた。
微妙な時間帯であったせいか、エントランスには人は殆ど居なかった。セットリストを見に行くと現在やっている裁判員裁判が一件と他に細々した裁判が数件。それから30分後に1件、そして昼休憩を挟み午後からは何件かあったものの法廷が結構離れていたり時間が被っていたり、あとは判決公判が立て続けに行われていたりと絶妙な予定だ。
出来れば途中から見に行くというのは避けたい。しかしフロアが離れた法廷を時間のラグなく見に行くというのは些か難しい。スタイリッシュにフロアからフロアへ飛び移ることが出来るほどのフィジカルを私は有していない。
実質的に見れるのは2件だけか、と少しばかり落胆する。
とりあえず、30分前に法廷前に居れば間違いなく最前列を取れるだろと私は1件目の法廷へと向かった。流石に30分前ということもあり法廷前で待っていたのは私だけだったが、すぐに続々と人が集まってきた。
その中に1人の男性が居た。こなれた雰囲気がなんとなく気になったので声を掛けてみた。
チェックシャツにメタルフレームのメガネを掛けたその男性は傍聴好きということで日々様々な地裁や支部に出入りしているという。そして、現在息子が裁判官をしているということでそれを誇らしげに語っていた。
また、これから見ようとしている裁判は新件のときから追っているということで今までの公判について詳しく語ってくれた。事件について深堀りしていたところ、気が付くと彼の息子の自慢に変わっていた。息子が裁判官で東京地裁へと転勤したと言うことで、それはさぞ鼻高々だろう。しかし、その息子の栄転と、転勤によって話し相手が1人減ったせいか彼は妙に饒舌だった。
それから少しすると開廷し、我々は各々好みの席に着き、裁判を傍聴した。
その裁判が終わり、午後の部までは1時間半ほどあったが外で食事をするにはまた手荷物検査を受ける必要があって面倒くさい。なにより食事から戻ってみると法廷前に人が列をなしているのでは、という私の強迫観念から私は食事を諦めて次の裁判の法廷前で本を読んで時間を潰すことにした。
流石に昼休憩に入った直後ということもあって法廷前には私一人であった。地元の支部とはぜんぜん違う大きく、物々しい装飾の施された扉の前に添えつけられたベンチで本を読んでいるとぽつぽつと人が集まってきた。
少しすると、私の横に座った脂で髪の毛と顔がヌラヌラと輝く中年男性が廊下に響き渡る声で「602!?次602!?」と私に問いかけてきた。
恐らく次に見る裁判の法廷を聞いているのだろうが私が座っているのは902法廷の前である。ということは彼が居るのもまた902法廷の前だ。声のボリュームノブが壊れているのかと思ったら普通にお脳の回路の方も壊れているのかもしれない。
902法廷ではないか、と私が答えると「そう!902!君が1番か!」と何が面白いのか、あるいは気まずさを誤魔化すためかわざとらしい声を上げて笑った。適当に会釈をして本に視線を落とすと彼は聞いてもいないのにそこで行われる事件の前の公判について話し始めた。と思う。
恐らくそういった内容のことを話していたのだろうが発話する音素には雑音が多く含まれており言語として認識できる部分があまりにも少なく何を言っているのか分からなかった。
まるでいくつかの単語の意味を知っているくらいの他言語を聞いているかのような気持ちになる。もしかすると私がこのフロアに来る過程で乗ったエレベーターが異世界につながっていたのかもしれない。たしかエレベーターを用いた異世界に行く方法なんて都市伝説があった気がする。
異世界という言葉が一度過ると、私の横に座る男は、見れば見るほどにゲーム「サイレン」の半屍人に見えてきた。その時、もし私の手に火かき棒があったならばうっかり殴りつけてしまっていたかもしれない。
私がそれっぽい相槌をうっていると彼は会話と呼べないそれに飽きたのか席を立ち、扉に付いたのぞき穴を覗いてみたりフラフラと徘徊を始めた。思い返してみるとそういうところもやはり半屍人みたいだ。
それから無事その902法廷で開かれた午後の裁判を終え、法廷を出たところで先の裁判で出会ったチェックシャツの訳知り顔の男性と再会した。どうやら彼はこの事件についても新件から追っていたらしく、事件の経緯や前の公判での流れなどを詳しく教えてくれた。
彼はその後に行われる判決公判を見に行く、という事だったがそれまでまだ時間があったこともあってか、今まで見た類似の事件について語って聞かせてくれた。その中で、彼が最近目をつけている裁判を耳打ちで教えてくれた。
それは普段見ることのないある民事裁判についてであった。
その原告は法務省、外務省、市や県を相手取って裁判を繰り広げているという。その裁判については概ね棄却されているということだがどういう経緯でどういう訴えをしているのかが謎なのだという。
「見てるとね。結構あるんですよ。こういう国とかを訴える人」
民事裁判というと家賃滞納などによる建物明渡請求や離婚関係などが多く、わざわざ見ることなどなかったがこういった裁判も人知れず行われているらしい。大変興味深いがその法廷に足を踏み入れる勇気は中々起きない。
すこし調べてみると、たしかに国などを相手取って裁判を起こす人はちらほら居る様だった。気になりはするもののやはり気持ちとしては少し日和ってしまう。今度傍聴に来て裁判の時間が被っていなくて、その上で予定も無いタイミングでこの類の裁判を見つけたら見てみようとは思うがそんなに都合よくあるかは謎である。
ここの地裁で裁判の傍聴をしている人の殆どは年金受給者が占めており、他には記者や傍聴マニアらしき人と学生などが脇を固める。そのなかでも年金受給者の様な人はその中で顔なじみなどで徒党を組み情報交換をしている人たちが多い印象だ。
共通の趣味などを持つと人々の関係に結束感を生む。近所のつながりなどが薄くなっていく昨今、こういったコミュニティの存在は企業勤めなどを終えた人にとっては大きなコミュニケーションの場になるのだろう。
近所の居酒屋や新興宗教などの寄り合いをヨスガにする人が居れば、こういう場をヨスガにして日常を送る人も居る。人は人との繋がりを求めるものらしい。
チェックシャツの彼も、途中出会った脂マシマシな男性も、話し相手や吐き出す先を求めているのだろう。
先日、居酒屋で1人ちびちびと飲んでいたところ、おしゃれなアメカジマダムと少し若い男性の二人組とカウンターで一緒になった。たまに言葉を交わしながら飲んでいると我々の背面にあるテーブルに座った小太りの男性が「今日のトンテキ、美味しくないなぁ」と突然文句をつけ始めた。
焼き加減がどうだとか、下処理がどうだとか、誰も聞いていないのに邪悪なファービーよろしく騒ぎ始めた。女将はそれに「すみませんねぇ。下処理はいつもと同じなんだけど」と答える中、続けて私とマダムが注文した卵焼きを見るや否や「卵焼きにニラをいれるといい。健康に良い」とまた騒ぎ始める。
困った女将をフォローするように、私の横に居たマダムが「健康に気を使われてるんですか?」とその男性に聞いて話を逸らすと「おう!」と嬉しそうに答えた。話しかけてほしそうにする割に話を広げようとしないこの男性はきっとキャバクラなんかに行ってもこんなスタンスで、最終的にキャストに「客をちゃんと見て会話のキャッチボールをしなきゃ」とか説教をし始めそうだな、と思った。キャバクラに通える程の経済能力があればの話だが。
そして、そんな男性は健康に気を使っていると言いながら馬鹿みたいにビールを飲み、トンテキの付け合せのキャベツを残していた。
それから、件の男性は私とマダムと、その連れの男性との会話に度々入り込んできて、ついには私にチェスを挑んできた(ちょうどその時私はマダムたちとチェスの話をしていた)。まるでポケモンみたいだ。実際にはポケットサイズではないし、可愛らしいキャラクターデザインでもないのでただのモンスターだが現実とはそんなものだろう。
その状況がちょっとおもしろくなってきてしまい、スマホのアプリでオフライン対戦が出来たので私は彼の挑戦に乗ることにした。
年長者を立てる為に白番を譲り開局したその対局では、私が一手指すごとに彼は「そうきたか!じゃあこれでどうだ!」と大げさなリアクションをしてチラチラとマダムに視線を送った。マダムはこちらに一切目線を向けること無く上品に、そして美味しそうに卵焼きをつまみに連れの男性と女将と楽しそうに談笑している。
対局の中身はひどいものだった。挑んできた割にルールを理解していない彼は凄まじい気負いでコマを失っていく。流石に年長者からチェックメイトを速攻で取るのは良くないと思ったので私は彼のキングを除く全てのコマを取ったところで満足し、対局を中止して席に戻った。
テーブル席に取り残された男性はこの期に及んで謎の「してやった」みたいな顔をしていた。もしかすると私の知らないルールでゲームをしていたのかもしれない。
きっと彼は人にかまってもらいたかったのだろう。どこか悲哀を帯びた男性を横目にマダムとその連れの男性は会計を済ませて席を立った。最後に軽く挨拶をした際の2人の笑顔には様々な感情が含まれていた。私はその含みの中に私起因の、それもネガティブなものが含まれていない事を祈りながら手を振った。
人との距離感というのは難しい。私もそういったものを測るのは苦手だ。挙げ句、人間嫌いでありながらも完全なる孤独に耐えられる程の強さを持っていない。
しかし、そうして人との関わり合いが希薄な生活を続けているとその内、実年齢に対し培って然るべきコミュニケーション能力の水準に達せずに醜悪な化け物へと変化してしまう。
もしかすると彼は私の未来の姿だったのかもしれない。バック・トゥ・ザ・フューチャーで未来の世界でのマーティをみたジェニファーはこんな気持ちだったのだろうか。
先日、スティーブン・キング著「ジョイランド」を読んだ。
久しぶりに、村上春樹が言うところの「心の柔らかい所」を刺激される作品だった。
主人公の皮肉屋でありながらも青臭い様から、人生に於いて一瞬で過ぎ去る20代前半的な甘さ。そこに藤田和日郎作品によく見るような「キャラクターを立たせて突き落とす」様なキングの筆が冴えわたる最高のミステリー作品で、私は読了後に山程未読本が積まれているにも関わらずすぐに読み返した。
最初に読み終わって早々にインスタグラムに投稿し、それでも飽き足らず家族に勧め始めた。二度目読み終わってからもその気持の高まりはとどまるところを知らず、通行人にすら声をかけ始めかねない勢いであった。
それから普段本を読まない様な人にすら勧め始める始末で、私は口を開けば「ジョイランド、良かったんだ」と口走り始めた。そして、それに飽き足らずこのnoteにも書き始めている。もう末期も良いところである。
この記事をしたためながら自分を冷静に顧みて、もう駄目だと思っても尚この作品に対しての熱意は冷めやらない。どうかこのnote記事にたどり着いた人は是非とも読んでほしい。
ジョイランド、良かったんだよ。ほんと。
その後に読んだ同著者の「死者は嘘をつかない」も相当良かったが、これについても書き始めると収拾がつかなくなるので控える。
(いや、本当、あれ読んだらバーガーキングのワッパーが食べたく・・・。)
先述したバック・トゥ・ザ・フューチャーで、主人公のマーティ・マクフライは過去と未来を巻き込む冒険の末に人間的な成長を迎えたが、私はこのおぢ達との邂逅でどうやら何も学んでいないようである。
願わくば、裁判所で私が出会ったチェックシャツの男性の様に有意義な情報を与えられるタイプでありたいとは思うがきっとそうはいかないだろう。
いよいよ私が飲み屋などに居る知らない人にくだらない自分語りを始める日は近いのかもしれない。