連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の七

マンションの方はと言いますと、
購入資金の大方は祖母が出していて、名義は祖母と母の共同だったんです。

母は、祖母の一人娘で、
父は昔でいうところの入り婿、…いわゆる「マスオさん」の、そのまた一歩進んだ状態、

母と結婚した段階で、自分の名字も変えることになった人でしたから。

…ええ、母と離婚した時点で旧姓に戻って、その名前で新しい家庭を…。

ですから、その協議なり裁判なりで出た決定は、
当然…と言うか、妥当なものだったのでしょう。

それにそもそも、そんなところで新しい生活を送るなんて、
父はまだしも、父の再婚相手が嫌がったでしょうから。


いいえ、
その、父の再婚の「お相手」とは、全然、一度も会ったことがないんです。

あちらは、…あれ以来、どうやら円満にやっているみたいですけど。

ええ、子供もいるって聞いたことが。


……そうですね、私にとっては「弟妹」に当たる訳ですけれど、

でも…どんな顔をしているのかさえ知りませんし。

……ええ、それこそ写真も、一度も見たことないんです。


ですから、…もし、向こうから面と向かって「貴方の弟妹だ」って言われても、
こちらとしては、今ひとつどころか、ふたつもみっつもぴんと来ないと思いますし、

向こうだって、…特に、こんな「事件」の後じゃ、
「姉だ」なんて名乗られても困るでしょう。

何より、少なくとも私にとっては、お互いに「他人」ですから。

どのみち、父が亡くなった時には、
相続のことで顔を合わせる必要があるんでしょうけれど、
それも、できれば何方か代理を、
…それこそ、お願いできるものなら、小宮先生あたりにお願いしてみようかって思っています。

まあ、多分これは、当分先のお話なんでしょうけれど。



それはともかく、父が家から出て行った後、

母の再婚は、当時まだ六ヶ月だった再婚禁止期間の後、
同居も、少なくとも私の小学校二年の学年が終わるまでという条件の下で、
私は母と、その隣町のマンションで二人で暮らしてたんです。

そこへ、休みのたびに母の再婚相手がやってくるわけです。


あちらには、もしかしたら、私と親睦を深めようと言う考えも
…まあ、全く無くは無かったかも判りませんけれど、

少なくとも頑是ない子供にとって、
頑是ない子供なりに精一杯愛している、唯一無二の自分の母の元に、
嫌な言い方をすれば、…「しけこむ」とでも言うのでしょうか?


当時、小学校低学年の私からすれば、

その、母の再婚相手は、
私の、「最愛」の母を誑かして、私から母の愛情を取り上げた上に、

父と母と、それに、…それこそまだ頑是ない子供とは言っても、
他でもないこの自分とで、一生懸命築いてきた家庭を、家族を、あっさりと破壊した「原因」となっただけでは飽き足らず、
図々しくも、私の父の座に勝手に居座ってこようとする相手、

…言うなれば、「大悪人、大罪人」としか思えませんでした。


ああ、…そうですね…。
確かに、今思えば、まるっきり小型版の『ハムレット』です。


それで思い出しましたけれども、

また、当時の母が、
…恋をしている女性なら、あるいは当然のことなのかも知れませんけれど、

父が出て行ってからは、
まるで、ハムレット王が亡くなった後、
その弟のクローディアスに求愛されてからの王妃ガードルードみたいに、

何だか、…大っぴらにと言うか、
ほんの子供の私の目にもはっきり分かるくらいに、あからさまにそわそわし始めまして。
家にいる間も、明らかに私のことを構ってくれなくなったのを憶えています。

私がたまに甘ったれてみせても、何だか、態度が明らかに上の空で。

もしかしたら、…自分は、父に続いて母にも見捨てられるんじゃないか…っていう、
ほとんど恐怖にも似た暗い感情に囚われて、
夜中、自室の布団の中で、何度も一人で涙ぐんだ記憶があります。


とにかく、そんな相手ですから、私としては出来る限り顔を合わせたくなんかありません。


家に居れば、必然的に顔を合わせる確率が上がる訳ですから、
昼間は、…休日も出来るだけ外出して、
学校の図書室なんかで、時間を潰してましたけれど、
小学生…それも低学年生のことですし、
どうしても、日が暮れたら帰らなきゃいけない。

…また、季節はちょうど、本格的に冬に掛かろうっていう、
いわゆる「冬隣り」の時期で、日が暮れるのが日に日に早くなるんです。


毎日、同じくらいの刻限にも関わらず、
その一・二週間くらい前よりも、明らかに夕闇の色合いの濃い帰り道をたどりながら、

自分の今現在の状況と、
その先の、あの男…母の再婚相手と、それから、あの男のことしか頭にないらしい母と一緒に、三人であの家で暮らす未来とを、何度も何度も、繰り返し想像しては、
その度に、子供心にも、非常に情けなく惨めな気持ちになったことを、鮮明に記憶しています。


(作者より

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2023年3月28日に、こちらの続きを公開いたしました。

連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の八|木ノ下朝陽(kinosita_asahi) #note #家族の物語

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