文学フリマ東京38読書感想-後記
作品総数にすると74作品。意外と多かったです。一作40000字前後の短編から300字以内のマイクロノベルまで様々。感想記事更新の際、X(Twitter)でいいねやリポストをしてくださった皆様、作家の皆様ありがとうございました。光栄にもXでリプライをくださった作家の皆様にも、重ねてお礼申し上げます。私の読んだ文学フリマ東京38での作品はすべてホンモノ作家による素晴らしいものだった。何一つ欠点のある作品はなかった。日本語はやはり美しいと感じさせてくれました。
どうも今晩は。のんびりコーヒーを飲めれば人生だいたい満足。キノコです。
■感想文(記事)を書いた所感
久しぶりに小説の感想を書きました。全て完結作品です。以前お役目を賜りウェブ小説の感想を書いた時期がありました。作品の多くは更新途中か、更新の保障はない作品でした。もちろん完結作品もあったけど、更新や終了は作家さん次第なところは同人誌より顕著でした。相手の見えない作品に感想を書くので無理もなかったです。
それとは違って同人誌は完成品。腰を据えて全作読めました。活躍中で未知の作家さんと作品に出会えましたし、X(Twitter)で相互フォローにもなれたかたもありました。自分の書く感想の向こうには作り手がいる。喜びと畏怖の気持ち両方がありました。記事を読んで同人誌を買ったというXのポストを見たときは嬉しかったです。
危惧していたのは、作家さんご本人からのクレームでした。自分の記事で作家さんを不快にさせるのは本意ではありませんでしたので……。そのため作家さんからのクレームには感想記事を取り下げる旨をあらかじめ明示していました。今後もその方向でいきます。
幸いなことに今回はどなたからもクレームはなかったので一安心しています。作家の方々の懐の深さに感謝します。感想記事に興味のない方もおられるでしょうから、それぞれなかもしれませんね。感想文はあくまで読者の反応ですからね。
一読者である私の感想記事を喜んでくださった作家さんへも、この上ない感謝をお伝えします。書いて良かったと思いました。できる限りの応援を今後も続けていこうと思います。
応援といっても本当にささやか。SNSで相互フォローになった作家さんには作品のリポストくらいしかできないけれどよろしくお願いします。そしてまだ出会っていない作品・作家さんも、今後少しずつ出会っていければと思います。
■厳しい専業時代
出版業界関係者でなくても、創作する人なら誰しも知っている共通認識でしょうか。出版社主催の小説新人賞、コンテストなどで賞をとっても、専業作家として出版社から本を出し続けるのは業界を知らない私から見ても厳しい現実と映ります。
本を出す行為は創作表現の一ジャンルと捉えよう。ウェブ小説の台頭以来、そう思うようになりました。ギャラリーでのグループ展や個展、バンドを組みライブハウスで演奏、劇団での上演、YouTuberになる。芸術的発表やパフォーマンス・表現と小説出版は同じに思えます。昨今では作家になるなら、必ずしも出版社からデビューという形はいらないように思います。
上手い書き手は多くいて、コンテストは椅子取りゲーム。大御所はじめ古参の作家も多い。そうであるなら、作家自身が積極的に自主的に出版すればいいと。実際プロも同人誌を制作する人はいる。その気になればできるだろうと。できる環境・時間があるのは特権。できるうちは存分に創作してほしいと個人的には期待しています。コンテストは「他人に読ませる作品」が書けるかの指標にはなります。そう捉えれば一定の審査を通過すれば受賞しなくても十分だと思います。また、コンテストだけが小説作品の良し悪しを決める指標には必ずしもなりません。
同人誌はプロ・アマ問われない世界。商業書籍より自由度もある。制限・制約は少ないと思います。(蚊帳の外から偉そうによくいう。ええはい、いかにも)同人誌でも作品募集(公募)をする編者はいる。ここ半年でそれは見てきた。同人誌掲載への作品募集だってものによれば応募が100作品超える中から選ばれる。応募しなくても小説で創作力をつける手段は様々あって、知名度を得ることもできる。プロが出版社から本を出し、応募作の上澄みだけに選評を書いていればいい時代ではないのですね。アマチュアにとって表現する場の選択肢は昔よりはるかに多い。少なくとも10年前よりはずっと。近年急激に増えたと知りました。
どえらい時期に同人誌の感想なんて書いていると畏れ多く思いました。同人小説の乱世はすでに始まっていた。文学フリマ東京の規模が大きくなり、ブースが抽選になったのも頷けます。
■感想は反応
感想記事に自ら信念やら約束ごとをもって書くと、思ったこと全てを書けない、書いてもいい内容だけど書ききれないと感じたことはしばしばありました。記事にするとき、作品の良いところを可能なかぎり書くよう心がけると、文字数が増えてつらかったです。博識でもなく語彙力もなく、かっこいい言葉をかっこよく使えない。言葉を操る作家の偉大さを知るのはいつもそんなときでした。どんな言葉を選んでどう伝えるかが毎回手探り。
私の感想は創作への感謝と、創作を継続してほしい願いや応援から書くものです(コメントをもらっている架旗氏の心境、実はちょっとそこまでわからないけど)。だから自己意識との相違点などについて書いても、否定的な感想や意見、評価はほぼ書かないことにしています。
そもそも創作に関しては作品の評価・レビューに感想が混ざることはあっても、感想だけなら評価・レビューを混ぜる必要はないと考えています。私が誰かの文章表現(作品)に評価・レビューを下すのは僭越すぎますので。是非を問えるような、そんなご身分ではありません。
同人誌に関しても、作品を分析した結果何か見つけても感想文・記事として述べることもありません。その必要はないでしょうから。なぜ必要ないかは明白です。同人誌は作家自らの意志(主体性)で創られます。その完成度や満足度の尺はすべて作家自身の中で完結しているものだと私は見させてもらっています。そして作品は作家の自由な発想から生まれる独自の表現。正解や模範解答をあてがうものでないと考えているからです。
昨日今日知った作家の一作品・二作品を読んだだけで何を分析の結果と言えるか。出会ったばかりの同人誌で、今しがた読んだ一作品しか知らず評価し、考察し、良し悪しを判断する、その基準が己のどこにあるのかとも思います。同人誌制作(発行)はファイトやコンテストではありませんよね。中には評価されたい同人誌もあると思いますが、私は評価される前提の作品として読んではいないのです。だから感想という反応に留めている。そして評価でも書評でも論考でも考察でもなく紹介です。
作品を「評」するならその作家の作品を多く読み、「評」せるだけの知識や経験が必要だと思いっています。現状それをふまえて「評」せる作品が私には無いに等しい。現代作家は多すぎてとてもじゃないが個別に熟知していない。評せるなど言えたものではありません。小説・文章表現の世界を私は知らなさすぎます。
■感想・感想文に意味はあるのか
読者(未読者)にとっての意味
こちらは糧になる意味でいくつか挙げられます。
一つ目に、読了中、読了後、どのような気持ちで読書したかの具体的な心情や心象の記録と整理になります。
二つ目に、創作作品の分析から学びを得ることができます。これは掘り下げてればいくらでも。国語力に含まれる文章作法や、熟語や言い回しにおける正誤、助詞用法の正誤などの文法。逆に効果的アンチ文章作法、文章での表現方法など自分次第で気づけばその可能性は広がります。
三つ目に、作家の良い点と悪い点を含めた作風を深く知ることができます。
四つ目に、感想は作家をよく知らなくても、どんな作品にも、誰にでも書くことや述べることができます。
五つ目に、未読の読者にとって感想は作品を読まなくても内容を推測でき、作家と作品を結ぶきっかけになります。
六つ目は、欠点ともいえる。感想文を書くと読書量は格段に減る。しかし思考深さとそれに費やす時間が圧倒的に増えます。どう感想を書くか(伝えるか)を考えます。ものにより作品をよく読み返し考えないとわかりづらい表現が必ずあるのと、物事を調べる必要が出てくることもあります。
七つ目は、他者と感想を共有することで、自分以外の人間が同じ作品からどんな影響を受けたか知ることができます。他者との心理的側面の類似や差異を見つけられます。それはものごとの捉え方の模索になります。捉え方の模索は自分の創作で活かせるかもしれません。
……などなど他にもありそうですがここ半年で目立って気がづいたのはこのくらいでした。
作家にとっての意味
かたや作家にとっての意味では、自分の作品への感想から得られる糧はそれほど多く挙げられません。感想の存在は読まれた事実確認となり、反応を見ることができる程度でしょうか。SNSで自分の作品への感想を共有すると読まれた報告として使えますね(使ってください……///)。自分の作品への感想が喜びにつながるかは作家によって異なるでしょう。
ただし作家もときに読み手であって感想が文であるとき、感想文から糧を見つけようとするなら、多い少ないはあれど、作家次第で幾らかは糧を見つけることはできます。
少々難しいかもしれませんが感想文の中から探すしかありません。書かれていない行間まで読んで気づくしかないけれど、感想文が文章である以上そうなってしまいます。おそらく得たい糧はそこにもあるかもしれません。
例えば私が作品を読んで、その作品にどんなメッセージやテーマがあるのか、何を想起させてくれるだろう。作品でどんなふうに心揺れるのか。それを感想として書いたとします。その感想文を作家が読んだとき、作家が狙って表現していたことに私が反応していたら、或いは無反応だったら、予想外の反応だったら……。
伝わった伝わっていないを判断する、それは他に変え難い参考や糧になるかもしれません。書いてはいないことは気づくほかない。だから感想文は作家にとって創作の「道しるべ」ほど親切ではないが、「暗示」くらいにはなるかもしれません。そして異なる感想の書き手による感想文が、同じ作品に集まるほどその「暗示」の集積は多くなるはずです。感想には講評や評価は混ざらないが(皆そうじゃないので混ざる人もいる)、作品への反応の集計はできる。あとはその集計からどうするかは作家次第だと思います。
読者として感想文を書くこと(感想を述べること)は、まったくのゼロから何かを構築して作っているわけではない。極端に言えばただ作品を楽しみ味わい、浸って消化する。「思いました。感じました。良かったです」などの受動的な言葉で済ませてしまえる、心の反応を文章化するだけの行為です。読み手には作品を手に取る程度の主体性しかありません。その主体性は小さいけれど、一作品を分析すれば得るものは心持ち次第で多いです。得たものの開示義務はないのだから、ときにはずるくてせこい行為とも言えるでしょうね。つまり私はずるくてせこい人です。
分を弁えずですが、創作が得意な(上手い)人、つまり作家は気がつける人間だと私は信じています。経験や環境から気がついていかなければ創作はできないからです。それは難しいことであり、できる人には簡単なことでもある。とても奥が深いですね。
読者・未読者にとって、作家にとって、感想・感想文に意味を見出すとすればこれくらいでしょうか。もっと何かあるでしょうかはてさて……。
■印象に残った(インプレッシブであった)作品
好き嫌いとか、いいなと思ったのとはまた違う、だけど強く心に残ったとでも申しましょうか、そういう作品です。
※作家の方々への敬称は「さん」を付けさせていただきます。よろしくお願いします。
▶ストレンジ・フィクションズ
『留年百合アンソロジー ダブリナーズ』から
murashitさん 『不可侵条約』
茎ひとみさん 『切断された言葉』
「不可侵条約」は文章表現において独特なさまが際立っていました。本作への読み手の感想や意見はふしぎな傾向だったのをX(Twitter)タイムラインやウェブでのブログ感想記事などで見たように思います。作家さんにどのような意図があったかはわかりませんが、個人的に私は芸術性を高く感じながら読ませてもらいました。作中個々の場面が整然として干渉しあわず共存していく時の流れが良かったし、そんな世界観でのタイトル回収が美しいように思いました。終盤の幕引きにあたる独特な描写も感覚的で、理屈ではなく感性に訴える情景のきれいさがあったのが印象的でした。
「切断された言葉」は健全な感情や思念を狂気に深くえぐられました。防衛本能へ鋭い刃を向けられている圧を感じた特異な作品として記憶しています。留年百合という全作共通の約束ごとの中にあって本作だけが美しい寄り添い、優しさ、温かさへアプローチしていく方向性と違い、怪奇や度し難い感覚を湧き起こさせてくれた作品として印象深く心に残っています。女性の追及には本作で描画されるような怖さを感じる深い精神的な側面も真に迫るのではと思わせてくれた作品でした。(※本文表現は女性蔑視からきているものではありませんが不快に思われるかたがおられましたら申し訳ありません)
▶KAGUYA Books
『野球SF傑作選ベストナイン2024齋藤隼飛編』から
12/1/2024文学フリマ東京39【き-45.46】
関元聡さん 『月はさまよう銀の小石』
暴力と破滅の運び手さん 『マジック・ボール』
「月はさまよう銀の小石」は短い作品でありながら情報量の多さと内容の濃さで心に残っています。選んで描かれているモチーフに人類祖先(人種)と親子愛を扱われていた。とても現実と離れ過ぎたものとは思えませんでした。現代社会における人種マイノリティの在り方に照らし合わせることができたことにくわえ、悲哀と宇宙への美しい眺望を抱かせてくれたのが印象的でした。
「マジック・ボール」は巷では百合との意見も見られましたが、私は日本の現代百合文化やその価値観について疎いのでそう意識して読んではいませんでした。百合要素はわかりませんでした。どちらかと言えば女性への古い固定的理想に対する反旗のほうが強く感じました。ステレオタイプの強要であるとか、男女平等や均等の機会を持つことが許されなかった昔の不当なアメリカ社会での女性の奮起。そういうのが強くうかがえ、なおかつ心温まる作品だったのが印象的でした。
二作品に共通して言えるのが、社会との関係性をどこかに感じとれた作品であったことでしょうか。自分の向き合う世界がどんな時代をたどって今あるかに視野を向けさせてくれたところが印象深かったです。
またこのアンソロジーをSF大賞エントリーに推薦しようかギリギリまで悩みました。うまい推薦文が浮かばなかった。千葉集さんの野球SF作品紹介から、既に私の知らない野球SF作品は世に多く存在しているのを考えると余計に推薦文が書けなくなりました。筆が及ばず申し訳ない。推薦に代えて、X(Twitter)ではリポストを頑張りました(微力な数の足し程度です……)。また、本書からは編者の熱意とすべてのプロ作家の作品からにじみ出る確かな力量を感じとれました。どの作品からも突出した魅力がありありと伝わってきたのは尊いとことだ思いました。本書に出会えてよかったと思っています。
▶グローバルエリート
『STATEMENT FOR GAZA』から
12/1/2024文学フリマ東京39ブース【き-22】
架旗透さん 『君なりに頑張ってきた君が負けるということ』
東京ニトロさん 『EMPIRE! ENPIRE!』
収録作品はわずか四作。その中でこれら二つの作品は同じ方向性でいながら、異なる雰囲気の結末であったのが印象深いです。「君なりに頑張ってきた君が負けるということ」からは仕事を通じて体感した絶望の淵。そのどん底に突き落とされる個人の力の無力さへの虚しい悲話。かたや「EMPIRE! ENPIRE!」では、見えなかった他人や周囲へ目を向けていき将来の在りかたを見出す、これからの可能性を思わせてくれた。明確なカラーの違いをこの二作から感じることができました。陰と陽の両極にあたる情感に刺さったのが印象的でした。
▶ゲンロンSF大森望創作講座修了生ら有志
『Sci-Fire2023特集:人間以外』から
12/1/2024文学フリマ東京39ブース【き-11.12】
溝渕久美子さん 『鴨川のヌートリア』
榛見あきるさん 『冬は虫になり夏は永遠になる』
高木ケイさん 『愛は群島』
「鴨川のヌートリア」は特集の人間以外を直球で投げてくる作品でした。動物による世界系で、おはなしのまとまりが突出して美しく感じました。動物への憑依感が半端なく強烈だったのも印象的です。彼らの目線で世界を見るとはこのようなものであると味わった気がして説得力がありました。
「冬は虫になり夏は永遠になる」は虫を筐体内に飼いながら、役目を遂行し続ける作業筐体の目線で進行していく淡泊なはこび。人間味を感じる描写はなかったにもかかわらず、読む私の心の中に人間味ある感情の変化を見出しました。書かずして読み手に人間味を体験させる、この作品のすごさに畏れを感じたのはそこでした。
「愛は群島」は、こんな褒めかたは失礼かもしれませんが、気持ち悪いくらい文体がロボットだったのが印象的です。無味でした。本書の作品の中で頭抜けて人間味から遠かったのではないかと思います。
人間からの遠さでいうなら「色彩の街」や「小説について(風船男の場合)」も印象深い作品として記憶しています。小説で物語を書くとき、「人を書く・描く」は一つの哲学的課題として存在しているかと思います。人物像なり人間味を感じさせる何かを書かないと読み手に物語は伝わりにくい。感情や心に訴え作中に引き込むことは難しいと。ですが本作ではあえて特集に「人間以外」を掲げられていた。そこに執筆作家さんらの熱い挑戦的な魂を感じずにはいられませんでした。Sci-Fire2023の特集「人間以外」というテーマ、こんな難しそうな特集によく挑まれた。ひたすら感服するばかりでした。
集録作品数も多くお値段以上に読み応えがありました。心あたたまったし、この上なく満たされた気持ちで胸いっぱいにしてくれた一冊でした。
▶SF文学振興会
『SFG vol.6』から
12/1/2024文学フリマ東京39ブースは【き-47.48】
マイクロノベルバトル・カレーVSラーメン
化野夕陽さん カレー作品
坂見卓郎さん カレー作品
架旗透さん ラーメン作品
化野さんの作品には心を揺さぶられる文芸性があったのが印象深いです。思い描く情景だけでなくカレーの存在が我々にとってどんなものかを再認識させてくれました。
坂見さんの作品はSFの良さと人情の味わいが際立っていたのが印象的でした。マイクロの字数で時空までも見事に表現されていた手腕に圧倒されました。
架旗さんの作品は数あるラーメン作品の中でインパクト、個性において強烈なものとして印象的でした。この個性のままずっといてほしいと思います。
マイクロノベルバトルはSFに特化した企画として、魅力的に思ったのでSF大賞に推薦文を書きました。これまでにない企画と思いました。こういう脳ミソのバトル的企画が今後もっとあるといいと思います。たくさんの作家が参加できる光景は読者から見ていても楽しいものですね。
▶呼吸書房
『十一月の春の庭』から
12/1/2024文学フリマ東京39ブースは【こ-13】
風野湊さんによる十八作品の掌編小説集。
『ありとあらゆる扉の先に』
『二十二世紀のファンタジー』
『アフマートヴァに』
「ありとあらゆる扉の先に」は第一作目の作品だったせいもあるのでしょうか。日常とのギャップ表現が素晴らしいように思いました。いつまでも忘れられない鮮やかな情景が印象的で心に残っています。
「二十二世紀ファンタジー」は明るい雰囲気でコンメディショーを楽しんでいる心地になりました。自分が日頃もつジレンマ的な小さな悩みに共感を覚えた作品で印象に残っています。
「アフマートヴァに」は言語や文字の抹殺に恐れを抱きました。今現在の自分の生活で言語を抹殺される状況を経験してはいません。出版における禁句も私はよく知りません。そんな無知な自分がこの作品に触れ、うまく表現できない苦い心情になったのが忘れられません。
■感想記事予告
呼吸書房・風野湊さん 『十一月の春の庭』 600円
12/1/2024文学フリマ東京39ブースは【こ-13】
本作の記事で文学フリマ東京38の作品感想記事はラストになります。架旗氏からのお楽しみサプライズ本でした。こちらの作品は既に全作読了、全作感想執筆も概ね私は終えています。架旗氏の感想が出そろい次第、近日感想更新となる見込みです。今回は文学フリマ東京39間近ということもあり、特に印象深い作品を三作品挙げて前紹介とさせていただきました。
本作にもぜひとも注目して頂きたいので、興味が湧いた方は文学フリマでブースに足を運んでみてはいかがでしょうか。
■次回文学フリマ東京39購入予定作品
予算は同じく300USDを送金します。JPYはそのときの相場で上下あるでしょう。予定としては、
沈んだ名 故郷喪失アンソロジー
Sci-Fire2024【特集:海】野生のSF
カモガワGブックスVol.5【特集:奇想とは何か?】
STATEMENT FOR GAZA (Autographed)
寄付・義援金を募っている同人誌
架旗透推薦本
お楽しみサプライズ
KAGUYA Booksさんから何か
以上の8点。
1は、カモガワ奇想グランプリで知った作家さんの同人誌で、内容に興味が湧いたので購入を決めました。委託ブースでの購入。カンパステッカーがあるそうです。
2は、2023版で購入を機に、その後にも注目しています。執筆作家陣に変化があり興味をそそられました。過去作品からの再録もある。嬉しいですね。過去最多の収録作品集って何が起こったのでしょうか!?
3は、奇想小説には興味があるので購入を決めました。鯨井さんの編む奇想小説アンソロジーをいつか読みたいので、実現されるときを夢見て待っています。真に実現するかは、ただの一読者である私の知るところではありません。
4は、再版購入分を完全保存用にするため文学フリマ東京39現地にいる作家さんにサインをお願いしました。それと、ガザ「UNRWA」への 寄付を目的に再購入を決めました(寄付先は前回とは異なるようです)。
5は、自分が使える小さな豊かさを分配し善意の形に変えさせてくれる作品を何か購入します。どの作品にするかは架旗氏に任せています。
6と7は、架旗氏のお眼鏡次第です。期待しています。
8は、文学フリマ東京38で知って良さがわかった出版レーベルさん。
文学フリマ東京39においても現場で架旗氏に動いていただきます。お世話になります。感謝しかありません。現場で架旗氏を見かけたかたは……。
■
感想を書くことは優しさや親切とかとはまた違うような気がします。作者の糧になるような作品への厳しい評価や意見も述べられるほうが、ときには作家にとって優しく親切です。残念ながら私の感想はそこには至りません。それをするに私は分不相応です。先にも述べましたが知らないことが多すぎるのと、それができる身分の人が然るべき場ですれば良いと思っています。
私は楽しく読み感想を書かせていただいてきました。同人誌の感想記事をいつまで続けられるかはわかりませんが今後もよろしくお願いたします。
作家の皆様には精力的に創作活動に励んでいただきたいと思います。遠くからではありますが拝見させていただきます。
以上で文学フリマ東京38読書感想-後記はおわりです。長々とここまで読んでくださりありがとうございます。
なんだかうるさい感想後記になりましたね。 ではまた……