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阿部智里の八咫烏シリーズに触れて5<『望月の烏』まで読了>雪哉の忠誠




『追憶の烏』の雪哉について

奈月彦の亡き後、浜木綿と紫苑の宮を中央から逃がしたのは、やはり雪哉だと思う。燃えさかる招陽宮に雪哉が飛び込んで行った理由も何となく見えてきた。

招陽宮のほとんどの部屋は鍵がかけられている。最初に読んだ時、なぜ鍵が? とちらり思ったが、それ以上気にすることはなかった。前のnoteでも浜木綿と紫苑の宮は招陽宮のどこかに隠し通路があってそこから逃げ出したのでは、と書いたが、ふとこの鍵の存在を思い出したらいろいろなピースがつながった気がする。

招陽宮にある隠し通路のことを誰にも知られないために全ての部屋に鍵を掛けておいたのでは? もちろん奈月彦、澄尾、雪哉、長束たち本当に信頼できる仲間だけは知っていただろう。

浜木綿と紫苑の宮たちはこの隧道につながる抜け道から逃げたが、そのままでは消火後の現場検証で抜け道がばれる。そのため、路近が抜け道側から岩か何かで穴を塞ぎ、そのまま翠寛と紫苑の宮を連れて地方に逃げ出したはずだ。
これなら烏の緑羽では長束と一緒に招陽宮にいた路近が、『追憶の烏』で雪哉が招陽宮に降り立った時にはいなかった説明になる。(なぜいないのか、その理由がずっと気になっていた)

そして燃える招陽宮の中に雪哉が飛び込んだのは外された鍵を再び掛けに行ったのではないか? 
開けたままの鍵が焼け跡に残っていたら抜け道を疑われる。その証拠隠滅のために雪哉は火の中に入り、一度開けられた鍵を再び掛けるとすぐ戻ってきたのでは?(治真もすぐ雪哉が戻ってきたと言っていた)

雪哉の作戦?

鍵を掛けに行ったのなら、これらは当然雪哉の作戦だと思う。(さすがは参謀本部長)

ここまで用意周到だと、今後の話し合いのため時間を置かず東家に出向いたのも、逃げる段取りの時間稼ぎ作戦だと思う。招陽宮に指揮官の雪哉がいなければ羽林天軍も勝手には動けない。

修正
招陽宮に雪哉がいなければ山内衆も勝手には動けない。

浜木綿と紫苑の宮を逃したのが雪哉や長束なら、それ以降の物語の視点は大きく違ってくる。180度違うと言ってもいい。
澄生が紫苑の宮ならば、雪斎と仲間のはずだ。

待つこと、それが雪哉の忠誠

アニメ『烏は主を選ばない』で若宮は后に求める資質は「ただ待つこと」と言い切っていた。
書籍『烏に単が似合わない』にないセリフだ。あえてないセリフを入れてきたのは、このセリフに深い意味があるからではと感じる。アニメのセリフは当然阿部智里先生の監修が入っているはずだ。

雪斎となった雪哉はいまだに主人に仕えているのでは。その間、なんの見返りも求めずただひたすら主が戻って来たときの場所を作り待ち続けているのでは。非道な政策も貴族を安心させ、政の実権を握らせないための雪哉の「合理的」な方法のように思える。

奈月彦を見限ったのではなく、奈月彦の復活と新山内再生のため、雪斎として10年以上もただひたすら自らに与えた任務を遂行している雪哉。
主がいない上、報われるという確証もないのに揺るがない信念だけで長い時間を待ち続けている雪哉。雪哉の忠誠とはただ待つこと。路近とも敦房とも誰とも共有できない真の忠誠と言える

過酷で重く、なんて残酷なんだ。ただ、奈月彦に対しそんな忠誠ができるのは世界でたった一人雪哉しかいな。それを奈月彦は知っていたからこそ、『烏は主を選ばない』で、まだ未知数の幼い雪哉をあれほどまでに求め必要としたのだろう。
北家の血筋を味方に欲しかったとする理由だけでは何か足りない気がして腑に落ちなかったが、これでストンと納得できた。

雪哉が忠誠を誓った時、奈月彦が少し寂しそうだったのは、いつか雪哉が真の金烏だけを見て奈月彦を見なくなるからではなく、過酷で報われない「忠誠」という道を孤独に歩き続けなければならない雪哉の運命を感じていたからだろう。

雪斎は博陸侯景樹?

雪斎はもしかして博陸侯景樹の生まれ変わりかもと前のnoteに少し書いたが、今こうして雪哉と奈月彦の絆の深さを思うとその確信がより強くなってきた。
主の那律彦を一人置いて山内に戻ってきた景樹はどんな思いだったのだろう。どんな思いでその生を終えたのだろう。無念としか思えなかっただろう。再び金烏が誕生するに合わせて雪哉として生まれてきたとしたらどうだろう。
猿に同情させないため焚書を行った景樹、その容赦ない苛烈な行動そのものがとても雪哉ぽい。

阿部先生は雪哉?

阿部先生は主要キャラクターの中では雪哉に一番似ている気がする。(褒め言葉です) 
雪哉を冷酷な道に追いやるため、心の支えだった茂丸を形さえも残さない無惨な亡骸にし、奈月彦を暗殺し、紫苑の宮も手の届かないところに隠した。
これらは読者をより翻弄し感情を揺さぶらせるための手法だ。手加減のない脚本だ。それができる阿部先生は全くもって雪哉そのものな気がする。

雪哉が天才的策略家として読者を唸らせられるのは、阿部先生がその策略を練ることができる頭脳があるから。本当に恐るべき作家。そんなこと思っていたら、少し前の作者近影は松崎画伯が描く少年雪哉の顔と似ている気がしてきた。(褒め言葉だからね)

救済が用意されている、と思いたい

『弥栄』の最後で紫苑の宮の無垢な笑顔が、凍てついた雪哉の心を溶かした。閉ざされた感情の波が雪哉の心からあふれ出し、涙とともに流れ出てきた、あの感動的なシーン。先生はインタビューでこのシーンで八咫烏シリーズを最後にしてもいいと思っていたと語っている。作者としても決してバッドエンドを望んでいる訳ではなさそう。であれば、二部の最後の最後に雪哉を救済する物語がきっとあるはず。それが私の妄想通り奈月彦の復活と新山内誕生ならどんなにか嬉しいか。

前にも書いているが、奈月彦が蘇った時のセリフは金柑を雪哉に投げながら「待たせたな雪哉」であって欲しい。
その時雪斎こと雪哉は膝を折りながら「お待ち申し上げていました、殿下」と言うに違いない。

修正

その時雪斎こと雪哉は膝を折りながら「お待ち申し上げていました、陛下」と言うに違いない。





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