速読と遅読

今日、仕事帰りの本屋でたまたま目が合いまして、買ってしまったのが、小山薫堂さんの「恋する日本語」という本です。

小山薫堂さんといえば、嵐のワクワク学校とか、ZIPとか、割と私の推したちと縁が深いということと、最近言葉について考えることが多くて、なんだかそういう風に過ごす時間もいいなと思い、手に取りました。

35の言葉と、それからふくらませたショートストーリーが載っているのですが、読んでいる時間はゆっくりと字を追って、あれこれ想像していくとても贅沢な時間になりました。

ところで最近思うのは、私、読むの速すぎなんじゃ?ってことなんですよ。中学生の時、ミステリーや読みやすい小説ばかり1日1冊ペースで読んでいて、その時の情報を頭の中に入れ込むような読み方が、ずっと癖になってしまっている気がします。

でもそれって仕方がないことだとは思うんですよね。

中学生の時にガンガン読めるような本は、分かりやすくて「そこに書いてあることが全て」な本だったし、みんなで同じ本を読んで話すのが楽しかったので、常に早く読めと急かされて笑 量こそ正義!といった捉え方だったのでゆっくり読むという発想は無かったです。
また、娯楽としての読書以外でも、基本的に学生が何かを読む時は、テストに向けて情報を入れ込むために読むことがほとんどだと思うので、やはり字を読むときに情報を得る以外の思考には行きにくかったんだと思います。

それが変わって来たのが、大学生になってから色んなものに触れたからだったと思います。

例えば、あだち充先生の「タッチ」です。全然世代じゃなくて、アプリで無料で読んでたのですが、ほんとに余白が美しい作品ですよね。漫画と言えばコナンで育ってきた私にとっては、シンプルな絵、セリフのないコマの味わい、読後の余韻、衝撃的でした。解釈しながら読んでいくから、文字を追ってる時間よりも、絵を見てその意図を考えてる時間が多いんですよね。
ただ青山先生ってほんとサンデーっ子で、表現の仕方は全然違っても、ラブコメの芯みたいなものはすごく通ずるなと思ってます。余談ですが。

あとは、坂元裕二先生ですね。

先日も朗読劇に行ってきたのですが、面白いのが自分で黙読するよりも遥かに時間がかかるんですよね。だからその分、話の展開を追うのではなくて、その瞬間の言葉を楽しむことができるんだなと思います。

そういった楽しみ方を知ると、速く読みすぎるのも勿体ないかもな、とも思います。
大量の情報を一瞬で手に入れることができて、エンタメにもタイパだとか、ファスト映画だとか、そういう効率が求められている時代なのかもしれないです。実際私も、そういう風に情報を得て、それでいいとしている時もあります。

ただたまに、日常を切り取ったような作品の一部分について思いを馳せる、一見人生にはなんにも役に立たなそうな余白時間が、私には必要だなぁと思います。


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