サイレンが響く月曜日の朝
おはようございます。ただ今10°のトロントの朝、今朝はファイヤーアラームが鳴り響き、アラームで起きるということに慣れていない私たちは、二度寝をしてしまったところでした。
トロントでは、火災訓練が月に一回はあります。日本だと小さい頃から地震対策の訓練があったと思いますが、この間友人とその話になり、カナダで地震が起きたら、大変だねという話をしていたところでした。実は、私は義理の両親の家に留守番で泊まっていた時に火災報知器を鳴らしてしまい、消防車が家の前に止まって、家のドアをノックされて、初めて火災報知器のサイレンに気付いたということもあり、消防車が到着することの素早さを知っていました。
今朝も消防車が素早くきて、間違いだったということでサイレンは止まりました。
不意なアクシデントで起こされると、こんなにスッキリしない朝を迎えてしまうのかという感じです。いつもはアラーム無しで起きられるのに、この疲れたようなだるさはどこからやってきたのだろうか。
いつもの習慣が少し乱れるだけで、人の頭は疲れてしまうんだなと勝手に思っています。
昨日から、
ずっと飯田史彦氏の本を読み直していました。
“「生きがい」とは、自分という人間の存在価値の認識から生じる、「より価値ある人生を創造しようとする意志」のことをいう。”
私の生きがいって、何だろう。
探しているという自分探しという時期は、もうとっくに超えてしまったようで、カナダに移民してくる時は必死で、いろんなことに「価値ある人生を創造しよう」と挑戦的に立ち向かっていたように思うのだけれど、その時に熱く夢見たことを手に入れた瞬間から、ココからどう生きたらいいのかよくわからないし、何のために生かされているのか、不思議に思うことが多いのも事実なのです。友人が、アドバイス的にこうしたらどう?と言われたことにも、熱が入らないというか、他人事のようで、周りでCovid-19パンデミックが起きていても、危機感もそんなに感じず、いつもと変わらない平凡な毎日に、『生きがい』という言葉が胸に少し刺さったのでした。
続く