愛、私は知らなかった
わたしの少し遠い親戚の叔父は、
生まれた時から片耳が聞こえないということもあるのか、外見は顔もハッキリして整ってカッコいい方なんですが、話が面白いんです。
少し知的障害者だと教えられて育ちました。
どうしてこの叔父の話をするかというと、
愛は特にハードルが高い人たちだけが知ってるものでもなくて、
どんな人たちにも
この世に命を授かった時点から、
それぞれの心の中、
魂にあるものだと思うのです。
それに気づいて育てた人だけが、
幸せだとか、っていうのでもなくて、
愛には、
心が痛いとか、傷つくことも含めて、
時には嫉妬することも、
時には優しくなれることも、
時には狂うことも、
すべてにおいて
愛から生まれている感情のように
私は感じるんです。
私がまだ幼い頃、
両親共働きで忙しく、保育園のお迎えに
この叔父が自転車に乗ってやってきました。
私がまだしっかりと後ろの助手席に座る前に
叔父は勢いよく自転車を漕いだせいで、
足首の踝が自転車の輪に絡まってしまって、
私がギャーギャーと
泣きながらわめいている中、
叔父は私が楽しんでいるものだと勘違いしたのか、楽しそうにケラケラ笑って家に着くと、
私のわめき声に近所の人たちも外に出てくるくらいで
お客様のヘアーカットをしていた両親も慌てて外に出てきて、
叔父はみんなの様子から、
血を流してる私を見て、気づいたようで涙を流して反省してるようでした。
早急に救急車に運ばれて、幸いにも骨には異常はなく大きく切れた踝の皮膚を縫うことになりました。その傷は今でも薄っすら残っています。
咄嗟に怒鳴ってしまった父親も悪いなと感じたのか、みんなどこにも充てられない気持ちに悶々としているようでしたが、母親はワンワンと喚く私を抱きしめながら、慰めて暖かく優しくしてくれたことを思い出します。
暫くして、その叔父が結婚することが決まったという知らせで、母も父も祖母もみんなびっくりしたようでした。
家に挨拶に連れてきた彼女を見ると、少し年上でしたが、雰囲気がお互いあっているようで、お互い軽い障碍者ということで同じ職場で知り合ったようです。
時にビックリするくらい正直な彼女の一言に私たちは笑いが止まりませんでした。
ちょっと普通じゃないけれど、とても面白い夫婦でした。
叔父も絵を描く才能というか好きなことは絵を描くことでカラフルな絵の具を使って絵をよく書いていました。ワイフの叔母は粘土細工で何か作るという才能があったようです。
そして少し月日が経つと、
今度は子供が生まれたと子供を見せにやってきました。
一人息子で、障害も見られず、両親をサポートするように立派に自立した大人になったようです。大人になってからは、祖母が亡くなったこともあり、叔父家族は家にも来なくなってしまったようです。
そして月日が経って、
カナダ人のアーティストの『Maudie』映画を観ました。なんだか叔父夫妻を思い出したのです。
最近は子供を育てたりして
忙しい友人家族も多く、時々、
自分は、愛をまだ知らないんじゃないか、
とふと思う時もあるけれど、
人と愛し合うことだけではなく、
子供がいるということでもなく、
幸せだけじゃなく、
辛いことも、
寂しさも含めて、
全て愛を経験している最中なのだろうと、
辛い時も、
悲しい時も、
コレが愛なんだなーって、
今思い出した叔父家族にも、
“ゴメンねー、ありがとう!”って伝えたくなったのでした。
結婚して子供がいるマイケルの友人がふとワイフの妹に恋愛について達人みたいに話してた時、
ふと妹が、
“結婚する前は、大変なこともあったよね!姉から全部聞いてる!”って。
私も吹き出しそうになって、みんなイロイロあって、今があるんだよね〜。
人と会うのも難しく、
対人恐怖症の人にとっては丁度いい時期かも、
コレから出会う人、
人と会う機会がもしあれば、
ぜひ一歩踏み込んで、
寛大に自分のココロをオープンにして
人に少しだけ親切に接するだけでもいいんじゃないかな。
まずは、自分に優しく自分のことを好きになって、外見を小気味良く整えるだけでも良いかもしれません。
続く