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あの微笑みは
父が退院する時、担当だった若い看護婦さんが
その日はお休みだったにも関わらず、わざわざお見送りをしてくださった。
その気持ちがありがたくて
本当に、本当にお世話になりましたと頭を下げると
「こちらこそありがとうございました」と仰る。
「高齢者の入院は、入院する時だけって場合が多いんです。
入院させたら、その後は「お任せ」。
もちろん、私たちはそれが仕事ではあるんだけれど
やっぱり人間だから、ちょっとやるせない気持ちになったりすることもあって。
でも、そうじゃないお家もあるんだなって、嬉しかったんです。」
どう言っていいのか判らなかった。
毎日通う病院への道は
決して心弾む道・・・という訳ではなかったから。
父が旅立った後、偶然、
本当に偶然、街中で、その看護婦さんに出会った。
今、お時間ありますか?
もしよろしければお茶でもと、喫茶店に誘った。
2人で父の事を話した。
「私も、決して人間が出来ている訳ではないから
実はね、本当の事言うと、tonchikiさんのお父さんと、よく喧嘩しちゃってたんですよ~」
「すみません、すみません。
我儘言ってたんでしょう?すみません。」
「いいえ、いいえ。そういう意味じゃないんです。
・・・あ、そういえば、毎日、ベッドの横に行くと、決まって時間を聞かれるんですよ。
時計、ちゃんと傍にあるのに。
「いま、何時ですか?」って。」
「ああ、家でも時間気にして、よく聞いてました。」
「・・・ふふふふ。
病院ではね、時間が過ぎるのが遅く感じるからかなあって思いながら
「〇〇時です」って答えていたんですけど・・・あれ、病院へ来るバスの時間を気になさっていたんですねえ。
娘さんを待っているんだって、判ってから、なんだかtonchikiさんのお父さんが可愛く思えて。」
それから、いろんな話をした。
「・・・私も、兄から地元に帰って来いって言われているんです。
親も年を重ねて来たから
いざって時は、お前の専門的な知識が必要だって言うんですけれど・・・。」
そうですか、
ご両親はお幸せですね、とわたくしが言うと
「でも、専門的な知識「だけ」じゃ、看ることなんてできませんよね。」
彼女はそう言って、静かに笑った。
もうすぐ父の命日が、また巡ってくる。