○○に△△を抜かし、△△に○○を足す
僕が歩いているのは靄がかかる知らない道で、右手には名を知らぬ浅い川が沿っており左手には住宅が並ぶ。
どれも新しく建てられたようで行儀がいい。まだ寝ているだけかもしれないけれど。
朝になりかけている空気は澄んでいてまだ誰も触れていないようだった。大きく息を吸い込むと血液が冷やされた気がした。低くうねる波を一時だけ押さえ込むかのような柔らかく確かな風が吹く。
誰もいないし車も走っていない。そういう時間帯なのかもしれない。
アスファルトと僕の足の間でズトゥッズトゥッと音が鳴っているだけで他に音はない。
その音がやけに響くから僕は濁音を外して歩こうとするがジッジッジッと鳴ってしまう。
僕は空から吊されたように背を伸ばし薄氷の上を歩くようにしてみる。
ジッジッジッジッリッジッリッジッリッリッジッリッリッリッリッリッリッリッリッ。
コツを掴んできた僕は嬉しくなったがその感情の分だけ体重が増えてしまったのか力が入ってしまったのかまたジッジッジッと鳴らしてしまう。
空を見上げ、もっと吊り上げてほしいというような視線を送ったが反応はなかった。目は受動器官だから伝わらないのだろうか。
僕は左に折れて先程より広い道の真ん中を歩く。
道幅は七メートル程で両脇の歩道には屋台が隙間なくずらりと並んでいる。
今日は祭りだろうか。
ただ、今は全て青ビニールを被っており焼鳥を売る店がどれかは判断がつかない。
青ビニールの間を歩く僕はモーゼの気分だった。
いやモーゼが海を割って歩いた時の感情を知らないから正確には海を割って歩く行為に似た状況での僕の心境でしかない。
『モーゼみたいな状況だな』
僕はモーゼのつもりでゼシュッゼシュッと歩く。決して軽やかな足取りではなかったろうと予想したのだ。
ゼシュッゼシュッゼシュッゼシュッゼシュッゼシュッゼシュッゼシュッゼシュッ。
「ねぇ……わた……願……」
女性の声が聞こえてきた。
人の姿は確認できない。
僕は声が聞こえた波柱の方へ近付く。
「最初……あなた……じゃない」声が大きくなる。
屋台の中で喋っているようだ。
それらしい屋台に当たりをつけて青ビニールの隙間から中を覗く。
続く