ここから始まる日々~エレファントカシマシから届いた音の贈り物
この文章は2020年11月頃、今は無き「音楽文」というサイトに掲載されました。
自分にとって節目となった2020年。
その時のことを忘れないよう、改めて書き残しておきます。
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2020年9月27日
2020年10月4日
この日は私にとって生涯忘れられない日になった。
自分の中にある音楽を取り戻せた日、そして音楽を取り戻すきっかけとなった彼らの音楽を心の髄まで受け取ることができた日になったのだから。
2020年7月の末のこと。私は気分のどん底にいた。
その月の半ばに駆け巡った諸々のニュースを聴いて、自分のことでもないのに憔悴しきっていたからだ。
何のために生きているのか。この先どう生きればいいのか。
まだ年半ばだと笑われるかもしれない。だけど私は、「生きる」という糸が切れたようになり、何を糧にしていけばいいのかわからなくなっていた。全てに疲れ切っていた。
何を考えても、他のことに気をそらそうとも、その思いは常に私の中に沸き起こり、一時期はその思いに心の危機を五感で感じ、メンタルクリニックに駆け込んだほどだった。
どうにかしたい
辛い
しんどい
それは変わりない。
けれど何とかしたい
どうしよう
どうすれば…
…………。
私は深夜の衝動に身を任せ、エレファントカシマシのファンクラブ入会のバナーを押した。
この決断が、私を大きく変えることになる。
2020年8月初旬頃。エレファントカシマシから大きな発表があった。
【エレファントカシマシ、日比谷野外音楽堂公演の開催が決定しました。】
そう。日比谷野音でのエレファントカシマシのコンサート開催のことだ。
え?あの野音で?
エレファントカシマシをまだ本格的に知る前、エレファントカシマシと野音の繋がりがあることは知っていた。
あのエレファントカシマシが日比谷野外音楽堂でコンサートを開催。
改めて聴くと、驚きと色んな思いが交差した。
野音に行けることなら是非行きたい。生で、この目でエレファントカシマシの音楽を浴びたい。
だけど……今回は昨今の状況もあり、状態が許していなかった。
チケット倍率も上がっていると噂で聞いていた。
そもそも当たるかどうかなんて分からない。状況次第では無観客でもおかしくない。
色んなことが分からない中、色々考えた。
結果、「先行で申し込んでみよう。縁がなかったら(悔しいけど)また次回がある。」そういう結論に至った。そもそも、申し込まないことには始まらない。
2020年8月中旬。私はエレファントカシマシに縁が深い神社へ向かっていた。新月を前日に控えた猛暑の中だったが、神社の空気と気分はどこか澄んでいた。
参拝目的は、エレファントカシマシの活躍のお礼参り、日比谷野外音楽堂公演の成功祈願、宮本浩次さんのソロツアー成功祈願、コロナ終息祈願だった。
人のため、ましてや好きなアーティストの活躍に感謝し、更なる成功を祈願できる喜びは初めて味わった感情だ。気持ちも晴れやかに神社を後にした。
2020年9月中旬頃。 日比谷野外音楽堂のチケット当選確認の日がやってきた。
どっちに転んでもおかしくない。当選発表の時刻、私はチケットサイトにアクセスした。
結果は、当選。
思わず画像を撮った。天を仰ぎかけた。
こうなったら次の行動は、通勤を除いた行動自粛だ。
できる限り、予定を入れないようにした。
いつの間にか、鬱々とした気分は収まっていた。
そしてもう1つの記念となる日。2020年9月27日。
この日、私は赤羽にいた。土日限定で設置されているストリートピアノを弾きに行く。ただそれだけの為だった。
エレファントカシマシにとって原点とも言える地。赤羽。
そこでエレファントカシマシの曲を弾くなんて……自分でも大それたことするなぁと思いながら会場へ向かった。
温もりと優しさが残る街。赤羽にそんな印象を受けた。
整理券を受け取り、順番を待つ。人前で弾くのは実に9年振り。
緊張で足がすくみ、震え冷ましに水を買った。
あっという間に順番がやってきた。
宮本浩次ソロの最新曲(『P.S. I love you』)で始まり、ハナウタ~遠い昔からの物語~、笑顔の未来へを短いメドレーで演奏した。
耳コピーでアレンジしたので指が動かなかったのだが、途中から肩の力が抜け、音と周囲の合いの手が一体となった。
一気に満たされた。
まるで水を欲していた芽の如く。
自分が音と一体化し、音楽の中に抱き込まれている感覚になった。
そう、この感覚を、
この感覚をずっと、私は待っていたのだ。渇望していた。
拍手と共に手応えがあった。
それは“ もう一度、音楽を自らの生活へ取り戻す”という新たな新芽だった。その新芽を、今度は枯らしたくない。
エレファントカシマシの音、そして彼らか生まれ育った赤羽という地が手となって、その新芽を一緒に包んでくれた感覚を、確かに覚えている。今も。
1週間後、2020年10月4日。
私は日比谷野外音楽堂にいた。開演時間があっという間にやってきた。
ギターソロで始まった「夢のちまた」
間奏に仕込まれているニヒルな笑い声が客席にこだまし、その笑いに私の胸は幸せいっぱいになった。
so many peopleでは宮本さんの声と冨永さんのドラムに合わせ、無意識のうちに頭を振り、拳を前へ突き出し飛び跳ねていた。
しんどい時に励ましてもらった曲だ。この曲を聞けることに喜びを感じた。
そして第2部。
第2部の始まりを飾る曲は…
「ハナウタ~遠い昔からの物語~」だった。
聴いた瞬間、耳、心が喜んだ。涙を確かに流していた。
赤羽で弾いたメロディと日比谷で奏でられるメロディが交わり、手と手が繋がれた感覚になった。
昔の自分と今の自分に宛てたハナウタ、最大のラブソングと、そう感じた。
エレファントカシマシは、間違いなく、“ 365日の色”を“ 365日の音 ”に変えて、私の元に届けてくれた。
それは音楽が自分の生活を彩ってくれること、自分の音を愛すること、自分の強みを大事にすること。慈しむこと、そのものだった。
当たり前のことかもしれないが、この事実から私は逃げてきた。
ずっと掴み損ねて自分で潰して枯らしてきたのだった。
エレファントカシマシが届けてくれた音、歌。その歌を今度は私なりに力を込めて、これからはまだ見ぬ他者へそっと、手渡していきたい。
P.S
赤羽で催されたストリートピアノに参加した旨をTwitterへPRしたら、演奏を見た方々から嬉しい言葉を頂けた。
この言葉達も、私の宝物になった。
ありがとう。
※“ ”部分は「ハナウタ~遠い昔からの物語~」の歌詞より引用。