僕の嘘とおばあちゃん
太陽が容赦なく僕を射す。
本当に背中が痛い。
時間の経過と共に、僕の首と両腕の皮膚が焼けていくのを感じる。
それと強風が、むわッとした南風が、僕の前髪を後方にもっていく………。
6月中にまさかの梅雨明け! 気温35度
僕は右手で前髪を押さえた。
僕はデコが広い。
10代の頃から、僕のデコの広さは他を圧倒していた。
だから強風は嫌いなのだ。
それにこの暑さで髪の毛はベタついている。
半袖のワイシャツもすでにベタベタ。
早く会社に戻って着替えたい。
そういえば昨日、おばあちゃんの夢を見た。
めったに夢なんて見ないのに。
おばあちゃんが何かを言ってたけど、僕の耳には届かなかった。
熱い暑いあついアツイ。
臭う匂うにおうニオウ。
横断歩道の小鳥よ、早く鳴いてくれ。
こんな時に限って………
「お疲れ様です」
振り返ると、総務課の鶴岡さんが日傘をさして立っていた。
微笑んでいる鶴岡さんは、おそらく銀行の帰りだと推測。
従業員50人の当社で、ナンバーワンの呼び声が高い鶴岡直美28歳、独身。
いつも元気で、よくしゃべる。
本当によくしゃべるのだ。
30歳、独身、無口で、中の下である僕は、大急ぎで身体を90度右に向けた。
「水口さん、どうしました?」
「ちょっとあちらに用がありまして」
「あちらは行き止まりですけど…?」
鶴岡さんの言う通り、確かにあちらは行き止まりだ。
砂利の駐車場があるだけ。
だけどこの角度なら、強風で僕の髪の毛が後方に流れることはない。
つまり、デコの広さが鶴岡さんにバレないで済むのだ。
僕の秘密を知らない鶴岡さんからの視線を、痛いほど感じる。
何かを言わなくちゃ。
この際、何でもいいじゃないか…。
「実は………コ、コンタクトレンズが外れてしまって………」
僕は、90年代のドラマを彷彿させるような嘘をついてしまった。
「一緒に探します」
鶴岡さんは僕の横を通過し、こちらに向き直ってしゃがんだ。
僕の視線は自然と鶴岡さんの胸元に落ちる。
大きい………。
いやっ。僕は何をしているのだ!
僕は鶴岡さんより五歩進んでしゃがんだ。
太陽からの反射で、アスファルトは猛烈な暑さになっている。
こんな過酷の状況下で、僕は鶴岡さんにコンタクトレンズを探させている。
鶴岡さんに広いデコを見られたくないが為に、コンタクトレンズを落としたと嘘までついて。
コンタクトレンズなんぞ、落ちている訳がない。
まさに愚の骨頂。
真夏の炎天下の15時に、僕らは何をしているのだ?
さっさと会社に戻って着替えて、両脇に消臭スプレーを噴射し、営業レポートを書いて退勤しろ。
演技の代償
「あ、ありました」
僕は右手をくの時に曲げて鶴岡さんに見せた。
「よかったぁ」
鶴岡さんが笑顔になった。
もちろん、僕の右手の中には何もない。
演技をしているだけだ。
でもそれでもいい。
結果として僕の嘘はバレずに演技も成功した。
何より鶴岡さんの胸チラと笑顔が見られたのだから最高の結末じゃないか。
鶴岡さんがこちらに歩み寄ってくる。
これをきっかけに、鶴岡さんをランチに誘ってみよう。
その時、強風が吹いた。
しまった。
僕はくの字にしていた右手を、頭上に持っていった。
「だめっ」
鶴岡さんの声で、僕の右手は肩の位置で止まった。
僕はいま、ウェイターのような状態になっている。
現在、僕のデコは全開中。
強風よ、止まれ。止まってくれ!
僕の願いも虚しく、鶴岡さんの視線がゆっくりと僕のデコに移動した。
鶴岡さんの表情が崩れた………。
ここでようやく、僕は体の向きを変えた。
時すでに遅し。
終わった。
完全に終わった。
明日から僕のあだ名は、デコだ。
昨日なんでおばあちゃんが夢に出てきたのか、その理由が分かった。
おばあちゃんの口癖は一つ。
「嘘をつくと罰が当たるよ!」だった。
おばあちゃん、罰が当たったよ。
ものの見事に当たったよ。
おばあちゃんの教えを守れなかったよ。
今度、お墓参りに行くからね…。
ようやく横断歩道の小鳥が鳴いた。
「水口さん、行きましょ」
鶴岡さんと一緒に横断歩道を渡った。
「もう一件、営業先に行きますので」
僕は鶴岡さんと別れた。
本当は営業に行くところなんてないのに…。
「あっ…」
僕は段差に躓いてしまった。
「おばあちゃん、もう勘弁して」
「了」
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