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Time Refugee
嘗て、壁の向こうを焦がれていた男がいた。壁を越えた先を切望したまま、一生を終えた。壁の向こうを知ることもなく終えたのは、幸せだったのかもしれない。
壁の向こうからやってきた男がいる。だが彼は、壁の向こうのことを失っている。ただ壁の向こうでの想いを引き摺ったまま、光を求めて藍色の闇の底を突き進んでいる。
壁を越えたかったのも、壁を越えたのも、「向こう」に失えないものがあったからだ。「それ」を探
折鶴(201602脱稿)
その日、世界的ロックスターが亡くなったとのニュースが突然世界中を巡った。俄には信じられないことだった。病を得ていたとの話はとんと聞かず、何より新作を発表したばかりだったのだ。
僕は、この知らせに思った以上に自分が狼狽していることに驚いた。そしてすぐに、「彼」に憧れていた君に思いを馳せた。
君にとって「彼」は現在の君を創ったもののひとつだ。髪型を同じにしていたこともある。ステージパフォーマンス
TOMORROWー王様の新しい服ー20130517花鳥風月より
それは突然に降って湧いた話だった。僕達の知古のユニットの何周年だかのイベントに、二人別個に出演依頼されたのだ。もちろん快諾したが、 それを知ったのがお互いに顔を合わせた今というわけだ。
「…お前はどれで行く?まさかメイン?」「それは無茶すぎる。キャバレミュージックで出るーそういうお前こそどうするんだ」「ソロでは出ないよ。最近始めたやつにした」
時の偶然かはたまた互いの照れなのか、今挙がったユ
嵐の夜に~晴れの今日の日
去年モデルをやっていた絵が美術館の公募展に出品されているから明日一緒に見に行こう、と何故か僕の部屋に君が転がり込んできた。最寄りの駅で待ち合わせれば済む話だと言ったら、以前支度に手間取って定刻に来なかった相手を待ちきれずに先に行ってしまったことがあるから、と罰が悪そうに返してきた。お前が遅刻じゃなくて?と混ぜっ返したら、だってずっと楽しみにしてたから…と子供のようなむにゃむにゃとした口振りをした
もっとみるCiel Bleu(X-day)
ーここから見える空は、なんて深いのだろう。
それは文字通りの「青天の霹靂」だった。真夏の深夜、有り得ない報せが届いた。示された日、示された場所に向かい、無言の君に会う。報せを受け取った時は驚くばかりで、こうして君の静かな顔を見ても泣くことはできなかった。
「何やってんだよ!」誰かの慟哭が耳に入った。君の肩を揺り動かして起こしたかった。きっとそこに居る誰もがそんな心持ちだったろう。殺しても死ななさ
Sad Sail~水平線~
世界の果てを見たかった。街から程近い入り江から眺める海原は、少年の心を駆り立てた。そして水平線に隠れ行く太陽。
太陽が海に触れた瞬間、確かに海が泡立つ音を聴いた。幾度となく。
幼い頃。太陽の炎が海に消されたから明日はもう来ない、と涙で目が溶けそうなほど声を嗄らし、親に「お日様はお休みなさいしただけよ」と諭されたが、それでも今日の太陽は無くなって、明日の太陽は別のものだという稚気が底に残っていた
Double(ドッペルゲンガー)
昼間でも日光の当たらない、うらぶれたONEーWAYのストリート。無論昼夜を通して人通りは賑やかではない。その一角から毎夜、君を眺める。
ガード下からストリートの定位置に辿り着くまでに、幾つもの冷やかしの声を浴びる。黄昏、背が延びた建物の影に自分の影が貫かれているのを見て、こんな風に深く貫かれたいものだと密かに望んでいる。
けれども、君のその望みは未だ裏切られたまま。「このひとなら」と受け入れ
サンルーム(ガラスの部屋)
未だ夜も明け切れていない朝帰りの町中できみに出逢った。まだ人の気配がしない一軒屋の一角からふと視線を感じた。目をやると、一匹の犬と眼が合った。居心地の良さそうなサンルームにちょこんと座り、自分に対して嬉しそうな素振りを見せていた。その時の懐さが印象に残り、何かというとその家の前を通るようになった。
夜更けの時も黄昏の時も、滅多にない午下がりの時でさえも、初めての出逢いと同じように瞳を輝かせ、尻
Ein dunkler markgraf~逢魔が刻~「闇の伯爵:魔性の刻」より
「蛇に睨まれた蛙」という言葉がある。蛇に目をつけられた蛙は恐怖のあまりその場で動けなくなってしまうという、というものだ。そのような事態が今まさに自分の身に起こっている。らしい。
黒衣の男が半ば寝そべるようにソファに身を沈め、尊大にこちらを見つめている。背筋が泡立つような抗えない魅力(ちから)を湛えて。その視線が、荊の蔓のように自分に絡みつく。
絵に、引き込まれる。それがどれほど恐ろしいものか
Ein dunkler markgraf~堕天の咎
「ー君にはこれが何に見える?」背にした壁を横目で見ながら彼は画家にそう問うた。
「…はて。大型の鳥の化石のようにも見えますし、それにしてはされこうべは人のようにも見えますし」画家は筆の手を休めることなくそう応答した。
この落ち着きが彼にはありがたかった。この画家は、ここのところ数年彼を描き続けている。出会い自体は他愛もない。獲物を物色しに町に下りたところで画家に魅入られ、いつものように言い寄ら
Ein dunkler markgraf~深紅の聖杯(feat.“黒い犬”)
夢を見ているのだろうか。いつの間にか鬱蒼とした深い森の中を彷徨っていた。遙か彼方に見える小さな光の点を目指して道なき道を歩いていた。月明かりさえも霧に遮られ、只管暗い道を進む。
緩い坂を登りきったところで峠に出た。そこで道が十字に分かれていた。目指していたはずの光の点は見回しても見つけられなかった。途方に暮れ、膝から崩れ落ちた。
分岐路に誰かが迷い込んだことを使役が伝えた。黒い霧から生まれ