負ける
とうとう飲み始めてしまった。
夏の暑い最中に温かいお茶を。
去年まではエアコンの効いた部屋でも、よく冷えたコーラを飲んでいたし、食後のデザートに冷たい杏仁豆腐を食べたりしていた。
今年はどうしたことか、冷房が私の体の芯まで容赦なく冷やしてくる。
職場が寒い。
外は酷暑だと言うのに、冬が来たかと思うほどの冷え込みである。
休憩中に使用するために大判のバスタオルを持ち込み、お腹を温める。
それでも冷えた体はだるく、おそらく中から温めねばこのまま冷えに負けてしまう。
お昼休憩。
今日は坦々春雨スープを持って来ている。
温かい。求めていたのはこの温もりだ。
冷えた手先をカップにあてる。
ひとくち飲んだスープはピリッと辛く、お腹の中から温まる。
まるで雪山で食べるカップヌードルのようだ。
雪山行ったことないけど。
ほっとひと息ついたが、じっと座っているとエアコンの風が直撃する席なので、どんどん足先から冷えてくる。
寒い。腹を壊す予感もしてきた。
早く温めなければ。
ポットからお湯を注ぎ水筒の麦茶で薄める。
ひとくち飲んだ。
「あったか〜い」である。
ちびちびと飲みながら、外は殺人的な暑さなのに、と思いながらお腹をさする。
大丈夫、お腹は無事だ。
ありがとう、ものすごく薄いあったか〜い麦茶。
これからは冷えたコーラではなく、ものすごく薄いあったか〜い麦茶を飲む事にする。
とうとう私は冷房に負けた。
悔しい。
こうして冷房に負けた者が酷暑の最中に温かいお茶を飲み始めるのだ。
内臓と足元を冷やしてはいけないと先輩方は言っていた。
なんのこっちゃと思っていたが、先輩方は正しかった。
自分が体験しないと理解できないことは山ほどある。
近々この事実を私は後輩へ伝えるだろう。
そして「は?夏は冷えたコーラでしょ」というような顔をされると思う。
しかし私はそんな事ではへこたれない程度の経験を積み重ねてきている。
忘れたふりをして何度も言うだろう。
いや、実際忘れているのかもしれない。
そこのところは曖昧にしておく。
これは先輩方から受け継いだ大切な教えである。
私も伝え続けなければならない、という妙な使命感を持っている。
後輩たちの体を冷房の冷えから守るため、明日から活動を始める。
こうして「おせっかいおばさん」は量産され、羽ばたいていくのである。
今日の積読
「深津 さくら 怪談まみれ」
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