味方

 寒冷冴えわたる休日の朝。
 前回エアコンのフィルターを掃除したのは二週間前、やはり、埃が薄っすら積もっていた。玄関をでて落とし、ウェットティッシュで拭いて戻す。次に風呂と台所の流し、仏壇、家全体の床の拭き掃除を手早く終わらせる。洗髪と洗顔、パソコンの検索履歴や不要ファイルの削除、着替えを済まし家をでた。
 映画『敵』を鑑賞しに品川へ行くため。
 電車の出発まで少し時間がある。簡単に朝食を済まそうと、ここ最近行きつけとなっている駅ソバに入る。いつものように「わかめそば」を麺特盛で頼み、稲荷もつける。飲み物は蕎麦湯。何の変哲もない美味さ。腹はそこそこに膨れ、温まり、駅のホームで若干冷える。
 駅ソバは本当に便利である。移動のついでに腹を満たせる。マズイことはまずなく、効率重視の食事は不思議と心地よい。
 品川に到着すると高輪口を出て、「T・ジョイ PRINCE 品川」へ直行し、チケットを発券、パンフレットを購入、そしてまだ腹が減っている。仕方ないとセブンイレブンでオニギリ三個(たらこ、しゃけ、梅干し)と緑茶で、胃の空白を埋める。
 それにしてもここは、座る場所が少ない。屋外の坂にあるにはあるが、寒空の下、オニギリを頬張る気にはなれず、結局、開店前の飲食店の前でパクつくほかなかった。田町駅前であれば、「なにもそこまで」という勢いでベンチが"そこかしこ"だとういうのに。
 その後、パンフレットを眺めたり、トイレに何度も入ったりしていたら、上映開始20分前。
 飲み物を買おうと思ったら、長蛇の列。
 並んではみたものの開場の時間となり、諦めて上映開始となった。
『敵』
脚本・監督:吉田大八
原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)
長塚京三 瀧内公美 河合優美 黒沢あすか 松尾諭 松尾貴史

【Story】(昨日の記事につづき、公式サイトより引用)

渡辺儀助、77歳。大学を辞して10年、フランス近代演劇史を専門とする元大学教授。20年前に妻・信子に先立たれ、都内の山の手にある実家の古民家で一人慎ましく暮らしている。講演や執筆で僅かな収入を得ながら、預貯金が後何年持つか、すなわち自身が後何年生きられるかを計算しながら、来るべき日に向かって日常は完璧に平和に過ぎていく。収入に見合わない長生きをするよりも、終わりを知ることで、生活にハリが出ると考えている。

毎日の料理を自分でつくり、晩酌を楽しむ。朝起きる時間、食事の内容、食材の買い出し、使う食器、お金の使い方、書斎に並ぶ書籍、文房具一つに至るまでこだわり、丹念に使う。

麺類を好み、そばを好んで食す。たまに辛い冷麺を作り、お腹を壊して病院で辛く恥ずかしい思いもする。食後には豆を挽いて珈琲を飲む。食間に飲むことは稀である。使い切ることもできない量の贈答品の石鹸をトランクに溜め込み、物置に放置している。

親族や友人たちとは疎遠になったが、元教え子の椛島は儀助の家に来て痛んだ箇所の修理なども手伝ってくれるし、時に同じく元教え子の鷹司靖子を招いてディナーを振る舞う。後輩が教えてくれたバー「夜間飛行」でデザイナーの湯島と酒を飲む。そこで出会ったフランス文学を専攻する大学生・菅井歩美に会うためでもある。

できるだけ健康でいるために食生活にこだわりを持ち、異性の前では傷つくことのないようになるだけ格好つけて振る舞い、密かな欲望を抱きつつも自制し、亡き妻を想い、人に迷惑をかけずに死ぬことへの考えを巡らせる。遺言書も書いてある。もうやり残したことはない。

だがそんなある日、パソコンの画面に「敵がやってくる」と不穏なメッセージが流れてくる。

いつしかひとり言が増えた儀助の徹底した丁寧な暮らしにヒビが入り、意識が白濁し始める。やがて夢の中にも妻が頻繁に登場するようになり、日々の暮らしが夢なのか現実なのか分からくなってくる。

「敵」とは何なのか。逃げるべきなのか。逃げることはできるのか。自問しつつ、次第に儀助が誘われていく先にあったものは――。

 物語は儀助の丁寧で、淡々とした日常風景から始まる。
 長塚さんの凛として上品な、雰囲気と佇まいが役に説得力を与え、その日常描写だけでも見る価値がある。
 妻に先立たれ、大学教授を引退したものの、数少ない知人と酒を飲み、元教え子たちも度々訪問し、交流する姿を見ると、小さな幸せの中で充実しているように思える。
 しかし、「敵について」という不審なメールを端緒とし、その安寧が崩れ去っていく。
 妄想か、夢か、はたまた現実か。
 穏やかな序盤から、後半は老残零落とした一人の老人の余生に綻びと破壊が横溢していく。
 誰しも年を取る。死を意識することになる。その時、何を考え、区切りをつけ、どう終わりを迎えるのか。今年39歳になる私も他人事ではなく、幾らか身につまされる思いがした。
 一方で所々ユーモアもあり、劇場で笑いも起きていた。それがよい調味料となり、より作品を素晴らしいものにしていた。
 傑作です。白黒ですが、不思議と気にはならず、むしろ、カラーでなくて良かったと思います。
 おススメ。上映館数は多くはありませんが、是非、観に行ってもらいたいです。
 そうして、映画館をでた。
 いつものように、東京の「丸善・丸の内本店」へ赴く。
 一時間ほどかけて選書する。
 その一冊にページの"ヨレ”があった。ドキッとした。
 確認したはずだが、荷物を直している最中に気付いた。それで発行年数を見たらば、「2015年9月10日初版発行」とあった。
「十年も経っていれば仕方ないな」
 講談社文芸文庫であるため文庫としては高額なので、少し動揺したが、それで腹落ち、帰宅となった。
 我が家には書籍が数百冊ある。
 純文学から娯楽小説、国内、海外文学、エッセイ、歌集、古書に囲まれて寝起きしている。加えて、6年かけて買い集めたデザイナーズの服や、古着も、本棚の間にズラリと掛かっている。
 それらはわたしの、
 『味方』です。
 決して裏切ることなく、癒しと学び、喜びを与えてくれる。
 人間には味方が必要だ。
 と、
 強引にタイトルの『味方』を回収したところで、酒への欲望が首を擡げる。ビールと、正月の残りの日本酒。アテはいつもの、目玉焼きと焼き鳥のセットである。空腹でもある。
 今年に入ってもう2週間以上が過ぎた。
 運を"味方"につけらるよう、日々、丁寧な暮らしをしてきたい。

 



 
 
 

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