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デンドロビウム、水苔、アクアセル

寒い時期の水やりと草花の手入れは手が荒れるーアクアセルに頼れば、この悩みはかなり解消される。通常に水やりのかわりにアクアセルシートを湿らせておくだけなので、鉢や水に触れる回数が単純に減るからである。


しかし、アクアセルという名のスポンジに水をやり続けているこの状態は、園芸をしていると言えるのだろうか。座右の書『ボタニカルライフ』のいとうせいこう氏的には、ベランダー同志と定義されるか疑問である。ベランダ上の乃木将軍、ベランダ界の家康たる氏にしてみれば、スポンジでお手軽に緑を保っている我がベランダはもはや戦場ではない。駆け出しの頃は、我がベランダにおいても園芸は闘いであったはずだ。と、90年代当時のいとうせいこうに問いかけながら令和の最先端の園芸に甘んじている日々である。


さて、このアクアセルの上に置きっぱなしにされて、他の鉢(ハーブ。ハーブとアクアセルも相性がよい)の間に埋もれているのがデンドロビウムの苗である。

このデンドロビウムは、1年ほど前、蘭のイベントで「2年後に花が咲きます」と言われて購入してきたビニールポットの小さな苗だ。買ってしばらくは、令和の時代に2年の時を待つ浪漫を感じて世話をしていたが、途中から存在さえ忘れ、葉焼けさせ、ハゲハゲになってアクアセルに乗せられたという顛末である。

その忘れられたデンドロビウムはアクアセル上で冬を越し、ハーブを動かしたときに存在を思い出され、ハゲハゲからほとんど葉を増やしていないことにがっかりして鉢を持ち上げた瞬間、驚きの風景が目に飛び込んできた。デンドロビウムの根を包んでいた茶色の水苔の表面が、見事な緑色にかわっている。もののけ姫のラストシーンさながら、我がベランダで茶色から緑が再生されていたのである。
感動する一方で、つまり筆者はこの冬かけて、アクアセルでデンドロビウムを育てたつもりが苔を育てていたことになる。冬の間デンドロビウムの葉には日光が当たっていたが、他の鉢に埋もれて鉢の部分は薄暗かったはずだ。加えて、アクアセル効果で常に水分がある。

こうしてデンドロビウムの栽培を通して、苔の育て方を学ぶことができた。様々な植物がある中、蘭から学ぶことは最も多い。蘭はいつも、園芸の第二、第三の扉を開いてくれる。しかし、このデンドロビウムをあと一年も待てそうにない自分に気づき始めている。春には新しい葉が展開し始めるだろうか。

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