「フーテンのトラさん」12(おかあさん!)
「みぃ物語」(みぃ出産編)で登場した『トラさん』の物語
前回はこちら
「ネコ風邪って怖いわよねぇ。」
「私も昔かかったことがあるのよ。」
「その時は、鼻は詰まるし涙は出るしでもう大変だったんだから。」
「3日くらいご飯も食べられなかったわ。」
「そのお爺さん、大丈夫かしら?」
「タマよ、なんでお前が爺さんの心配をするんだよ。」
「それはそうなんだけど・・・、だって心配じゃない?」
「そうだけどよ、俺の見立てではそんなに重症じゃなかったらきっと大丈夫だよ。」
「・・・もう、話がそれちまったじゃねぇか。」
(4話連続シリーズの4話目です)
おかあさん!
次の日も川沿いに上流へと歩いていった。
昼を過ぎて少し経った頃だったかな、
「あっ、トラさん。」
「この匂い。」
「この匂いだわ!」
コムギが興奮しだした。
そう言われれば、嗅いだことのないような匂いがかすかにしている。
「お嬢ちゃんが住んでいた町の匂いか?」
「そうなの、この匂いよ!」
どうやらコムギの住んでいた町はこの近くで間違いなさそうだ。
俺達はどんどん川の上流へ進んでいった。
30分程歩くと周りには畑や田んぼが多くなってきた。
遠くの方には家が何軒か並んでいた。
「お嬢ちゃん。」
「お嬢ちゃんのうちはあの辺りじゃないのか?」
「そうだわ。」
「私のおうちの周りに似てるわ!」
「トラさん、早く行きましょ!」
「ちょっ、ちょっと待ちな。」
「お嬢ちゃんを追いかけたヤツが近くにいるかもしれねぇぞ。」
「そいつらに出くわしたら大変だ。」
「俺が先に行くから、後から付いてくるんだ。」
「うん、分かった。」
ここからは川を離れ、あぜ道を進む事にした。
道中、何本かの電信柱に張り紙を見つけた。
「お嬢ちゃん、これ、お嬢ちゃんの写真じゃないのか?」
「本当だわ。」
「お嬢ちゃんのうちの人も心配してくれてるんだな。」
「こうやって探してくれているんだもんな。」
「早く帰ってやらねぇとな。」
「すぐうちに連れて行ってやるからな。」
「うんっ!」
心なしかコムギの足取りも軽くなった気がした。
早くうちに連れて行ってやらねぇと!
俺は急ぎながらも周囲への警戒を緩めなかった。
と、その時である。
遠くから人相の悪いドラ猫がこっちへ向かって歩いて来た。
「トラさん、あの人!」
「私を追いかけてきた人よ!」
コムギは震えだした。
「分かった。」
「お嬢ちゃんは隠れてな。」
コムギがあぜ道の横に身を隠したのを確認したトラさんは、2メートルほど進み、立ち止まった。
相手もトラに気が付いた。
「何だてめぇは!」
「見ねぇ顔だな、何しに来やがった」
「俺の縄張りに入って来るんじゃねぇ!」
「別にお前さんの縄張りを荒らしに来たんじゃねぇよ」
「用が済んだらすぐ出て行くからよ」
「だから黙って通してくれねぇか?」
そんなトラの願いは聞き入れられるはずもなかった。
実はトラ、喧嘩はめっぽう強かった。
だが、平和主義だから無益な喧嘩は極力避けて生きてきたのだが、今回は仕方がない。
相手がトラに向かって威嚇してきた。
トラも威嚇し返した。
相手はどう見てもトラより弱そうだ。
そのまま退散しろ、そうしたら無益な争いをしなくて済む。
トラはじりじりと間合いを詰めていった。
弱ネコの遠吠えらしく一丁前に唸ってはいるが、トラが強いことは感じ取ったらしい。
じりじりと後ずさりしている。
さらにトラが一歩前に出た。
相手は耳を伏せて、頭が地面に着く位身を低くして逃げ腰になった。
明らかに勝負ありだ。
「早くこの場所から失せな!」
トラは唸り声を大きくして眼力を強めた。
すると、そいつの唸る声は少しずつ小さくなり、少しづつ後ずさりし始めた。
ある程度距離をとった所で踵を返し、そろそろと歩き出したかと思ったら一目散に逃げて行った。
ふーっ、もう大丈夫だ。
あと少しで家まで送り届けてやれるのに、あんな奴に邪魔されたらたまったもんじゃねぇからな。
「お嬢ちゃん、もう大丈夫だ。」
「邪魔者は追っ払ったから安心しな。」
「さあ、先を急ごうぜ。」
* * *
程なくして、ある家が近づいてきた時、
「トラさん!」
「あのおうち!」
「私のおうちだわ!」
コムギがそのうちの方へ小走りで走って行った。
門の前で立ち止まり、こちらを振り返った。
「トラさん、ありがとう」
「お嬢ちゃん、良かったな。」
「早くうちにお入り。」
「玄関の戸をガリガリ引っ掻いて、大きな声でうちの人を呼ぶんだぞ。」
「お嬢ちゃんがうちの中に入るまでここで見張っててやるからよ、安心しな。」
「うん。」
そう言い終わるか終わらないうちにコムギは一目散に玄関まで入って行った。
ガリガリ、ガリガリ・・・
「おかあさん!」
「私帰って来たの、ここを開けてちょうだい。」
「おかあさん!」
コムギは必死でうちの人を呼んでいた。
何の反応も無い・・・
それでもコムギは必死でうちの人を呼んでいる。
「おかあさん、おかあさん!」
うちの人は留守なのか?
コムギも不安そうにこちらを振り返った。
今にも涙があふれそうだった。
・・・と、その時
家の奥から足音が聞こえてきた。
ガラガラ・・・
玄関の扉が開いた!!
コムギは待ちきれない様子で、扉の隙間からうちの中へ入って行った。
「コムギちゃん?」
「コムギちゃんなのね!」
「良かった。」
「探してたのよ。」
「もう、どこへ行っていたのよ、心配したんだから。」
「ごめんなさい。」
「ごめんなさい、おかあさん!」
うちの中からはそんな会話が聞こえてきた。
良かったな、お嬢ちゃん。
嬉しそうなコムギとお母さんの顔が浮かんでくるようだった。
これでもう安心だ。
もう、家を飛び出したりするんじゃねぇぞ。
こうしてトラさんは無事コムギを送り届け、コムギの家を後にするのであった。
おわり