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「フーテンのトラさん」16(温泉神社)

「みぃ物語」(みぃ出産編)で登場した『トラさん』の物語


前回はこちら


4日目には風邪もすっかり良くなったトラさん。
やっと源さんが作ってくれた寝床から出て、この町を探索する気になってきた。

俺がここに来てからの3日間は周りの事を気にする気力なんて無かったからな。
今日からはちょっくら周りの様子を観察にでも行ってみるかな。

手始めにこの宿からだな。

昨日までは気付かなかったが、昼間はそこそこ来客がある様子だな。
近所の人たちがここの温泉に入りに来るらしい。
家に風呂が無いのか?
いや、そうではない。
わざわざここの温泉に浸かりに来るらしい。

午前中は、近所の年配のおじさんやおばさん連中が多いな。
午後からも似たような感じか。
夕方には働き盛りのオヤジ達もやって来た。

みんな顔見知りなのだろう、世間話に花を咲かせて帰ってゆく。
何だか、町の社交場って感じだな。

源さんもほぼ地元民と化してるからな。

かしましいねぇ~


改めてじっくり見てみると、ここの温泉場は港とは空気感がまるで違うな。
殊更ゆっくりと時間が流れている感じがする。

港ものんびりしたもんだったが、漁師が帰ってくるとたちまち慌ただしくなるしな。
朝市の時なんて賑やかってどころじゃなくなるからな・・・


そんなことを思っていると、源さんが宿から出てきた。

俺はふと思ったんだ。
『源さんって、1ヶ月もここにいて退屈じゃねぇのかな?』
って。

「ニャン吉、今、俺が毎日暇じゃないのか?、って顔をしただろ。」

げっ!
なんで分かったんだ?
テレパシーってやつか??

「バカだな。」
「湯治ってのはな、湯に浸かってなんぼ。」
「俺なんか一日3回は温泉に浸かるんだぞ。」

そう言えば風呂の中から源さんのへんてこりんな歌声がよく聞こえてたな。

ここからはまた源さんの独壇場だ。
聞いてもいないのに一人でしゃべり始めた。

ゆーっくり湯に浸かってるとな、体の芯から温泉が効いてくる。
一日や二日温泉に浸かっただけでは十分な効果は得られない。
じっくり時間をかけるのが湯治なんだ。
他にも色々回ったんだがな、俺にはここの温泉が一番合ってるんだ。
それに、ここの温泉は飲めるからな。
ここいらの人は毎日温泉を飲んでるから、風邪ひとつひかないらしいぜ。

『へぇ。そんなもんなのか。』
『俺はごめんだね、湯に浸かるなんて。』
『水に濡れるなんて、頼まれてもお断りだ。』

「ニャン吉、何をブツブツ言ってるんだ?」
「お前こそヒマそうだな。」
「ちょうど散歩に行くところなんだが、お前も一緒に来るか?」

病み上がりだからあんまり遠出はしたくないんだけどな。
しかしまぁ、そろそろ体も動かさないといけないし、とりあえず源さんに付いて行く事にするか。

レッツ・ゴー!

源さんについて行くトラさんの絵は山吹さんの絵をお借りしました


源さんの後について10分ばかし緩やかな山道を登っていくと、鳥居が見えてきた。

「ニャン吉、ここは温泉神社だ。」
「この神社はな、温泉を守って下さる神様をお祀りしているんだ。」

へぇ、こんなところにも神社があるのか。
何だか懐かしい感じがするな。

俺は生まれ故郷の神社の匂いが好きだった。
こことは匂いは違うが、空気感は何だか似ている気がする。

そう言えば、おじちゃんやおばちゃん、お嬢さんは元気にしているかなぁ?

何だか生まれ故郷を思い出しちまったじゃねぇか。

俺が生まれた神社と比べたらかなりちっちぇ神社だが、不思議とここの空気は落ち着くな。

境内にはベンチも置いてあって、参拝に来た人が一休みできるようになっている。

源さんもこのベンチでゆっくりするらしい


「俺はな、毎日拝みに来てるんだ。」
「こんな素晴らしい温泉に巡り合わせてもらえたんだから、温泉の神様に感謝しないとな。」
「それにな、毎日お参りすることで運動にもなるからな。」
「今流行の『ウォーキング』ってやつだな。」
「ハハハハハ・・・」

そう言えば俺が生まれた神社も毎日拝みに来る人がいたな。


「お前も何かお願いしたらどうだ?」

お願いしろ、って言われてもなぁ。
そう言えば、生まれた神社でも一度も願い事なんてしたことなかったっけ。


パン・パンッ

源さんが本殿に向かって手をたたきお辞儀をした。

「今日もこうして、こちらにお参りできることに感謝します。」
「今日も一日、よろしくお願いします。」

おいおい、声に出して言うのかよ。
それも、そんなでかい声で。

ところで源さん、それがお願いなのか?

「この年になるとな、こうして毎日ここへ来てお参りができることで十分なんだよ。」
「願いっていうより、感謝を伝える為に毎日お参りしてるって感じだな。」

そういうもんなのかな。
じゃあ、俺は何にするかな・・・。

『こんな罰当たりな俺を許してやって下さい、神様。』

んんっ?
これがお願いってやつか?
いや、ちょっと違う気がするな・・・、まっ、いいか。


「ニャン吉、こっちだ。」

源さんが本殿の横から奥へ歩いて行った。
どこへ行くんだ?

俺は源さんの後を急いだ。

「おっ、居たいた。」
「ハル、新入りを紹介するわ。」

『おや、源さんかい。』
『新入りって、何だい?』
『新しい子でもやって来たのかい?』

「こいつ『ニャン吉』って言うんだ。」
「いい奴だから、仲良くしてやってくれよ。」

「ニャン吉よ、あの猫はな、ここの神社の主(ぬし)だ。」
「というより、この温泉の主って言った方がいいかな。」
「ちゃんと挨拶しておくんだぞ。」

「どうも、初めましてハルさん。」
「俺、本当の名は『トラ』っていいます。源さんは勝手に『ニャン吉』って呼んでますが・・・。」

えっ!?
ハルさんを見たトラは言葉に詰まった。

ハルさん(本名:晴美)


タ・キ・・・?

いや、そんなことはないか・・・。
そうだよな、タキさんはジィさんだもんな。

「どうかしたのかい?」

「いっ、いえ、何でもないです。」

「ところでトラさんとやら、あんたどうしてこんな所にやって来たんだい?」

「はぁ、訳あってこの近くに来る用事がありまして。」
「それで、話に聞いていたこの温泉に寄ってみたんです。」
「しばらくこの下の湯宿でお世話になると思いますんで、よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくね。」
「あんた、悪い人じゃなさそうだから大丈夫だとは思うけど、くれぐれも争いごとだけは起こさないおくれよ。」

「ハルさん、そこんとこは重々承知してますんで安心してください。」
「では、失礼します。」

こうして神社を後にしたトラであったが、何とも不思議な心持ちになったのであった。

ハークション!

トラの奴、また俺の噂でもしてやがるな


おわり


源さんの後を付いて行くトラさんのイラストは、山吹さんのイラストを使わせていただきました。

いつも使わせていただいて、ありがとうございます🙇‍♀️


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