「フーテンのトラさん」14(源さん)
「みぃ物語」(みぃ出産編)で登場した『トラさん』の物語
前回はこちら
「おかみさんって、やさしそうな人ね。」
「源さんって、どんな人だったの?」
「面白い人?」
「それとも、怖い人?」
「分かったから、今話してやるよ。」
「まぁ、落ち着いて聞きな。」
(3話連続シリーズの2話目です)
源(ゲン)さん
「源さーん、表に見慣れないネコちゃんがいるの。」
「大人しそうないい子だから、源さんもきっと気に入るわよ。」
「面倒見てあげてね。」
おかみさんの声を聞いて、源さんが外に出てきた。
「なになに、猫がいるって?」
「おお、居たいた。」
源さんは俺の横に座り込んだ。
「お前、どっから来たんだ?」
「名前は?」
『俺はトラっていうんだ。』
「何だお前、体に似合わず可愛い声で鳴くな。」
「まあ、猫に聞いても自分の名前を答えるはずもないか。」
「ハハハ・・・」
源さんも一人でしゃべって、一人で笑ってる。
ここの人たちはみんなそうなのか?
まあ、俺の言葉は源さんには通じないから仕方がないか。
『パンッ!』
突然源さんが手をたたいた。
あまりにも大きな音がしたので俺はビクッとなってしまった。
「そうだ!」
何事だ!?
「お前の名前は『ニャン吉』だ。」
源さんが得意げに俺の方を見てきた。
はぁっ!?、何だって?
『ニャン吉』って・・・、俺の名前か?
もう少し良い名前が無いのかよ!
「どうだ?、良い名前だろ。」
『いや、良くないって・・・』
文句を言ってはみたが無駄な努力だったらしい。
そんな事では変わる事も無く、源さんによって俺は、
『ニャン吉』
と銘々されちまったんだ。
ひでぇだろ?
「おかみさーん、この子『ニャン吉』って名前にしたよ!」
源さんが奥に居るおかみさんに大きな声で、これまた得意気に伝えていた。
源さんがそう呼ぶようになったからよ、それからはおかみさんまで俺のことを『ニャンちゃん』って呼ぶようになっちまったんだ。
源さんはその後も一方的に話し続けてたよ。
何でもな、
この宿には炊事場もあり、各自で自炊もできるようになっている。
源さんも基本的には自分で飯を作っているらしい。
世話焼きのおかみさんの厚意で、朝飯時にはおかみさんがみそ汁をおすそ分けしてくれる事もあるらしい。
米は地元の農家からうまいコメを仕入れることができる。
近くにはヤマメやニジマスの養殖場があり、新鮮な川魚も手に入る。
少し車で走れば港があり、海産物も安くてうまい。
『俺はその港から来たんだぜ』
って言いたかったけどよ、言っても分かんねぇだろうから黙ってたよ。
もちろん山菜も豊富。
おまけに新鮮な卵が手に入る養鶏場まであるってんだ。
うめぇもんが何でも手に入るって事だな。
自分の料理に飽きたら、車で少し走った所にうまい定食屋があるんだってよ。
そこは蕎麦もうまいらしいぜ。
それでもってよ、ここの温泉がこれまたいい温泉で、療養するにはもってこいの場所なんだってよ。
源さんはまだまだ止まらないぜ。
源さんはな、地元では桃農家なんだそうだ。
10年程前に源さんは大きな手術をしたらしく、今は息子が継いでいるんだってよ。
そうは言っても人手はいくらあっても足りないから、手術をした後も息子を手伝ってたらしいんだ。
無理がたたったんだろうな、そうこうしているうちにまた体を壊しちまったらしい。
そんな時に、地元の医者に温泉治療を薦められたんだってよ。
幾つかの温泉を回ったらしいんだが、源さんにはここの温泉が一番合ってるんだって言ってたぜ。
それからはな、農園が忙しくない時期に一ヶ月間ほどここでお世話になっているそうだ。
一通りしゃべり終わってやっと満足したのか、源さんはおもむろに立ち上がった。
「ニャン吉、着いて来な。」
「ずっとここで寝そべってるわけにはいかないだろ。」
『いやいや、あんたの話が長いんだけど・・・』と、のどまで出かかったが、言っても分かんねぇから飲み込んでおいたよ。
源さんが宿の裏へと歩いて行ったので俺もついて行った。
「ニャン吉よ、ここもあったかいだろう。」
「ここから温泉を宿の風呂に引き入れてるんだ。」
「お前の寝床をこの軒下に作ってやるからな。」
「ちょっと待ってな。」
源さんは宿の中に入って行った。
ものの1分も経たないうちに戻って来た、段ボール箱を持って。
「ほら、この箱の中で寝たらいいよ。」
「お前の寝床だ。」
段ボール箱の寝床の完成である。
おお、ありがたい。
これで寝る場所には困らないな。
ありがとよ、源さん。
その夜、キャンセルになったお客さん用に準備していたヤマメを おかみさんがおすそ分けしてくれたらしい。
それでもって、源さんはその頭とシッポを俺におすそ分けしてくれたんだ。
おすそ分けのおすそ分けだな、ありがたい。
俺は有難くいただいて、その夜は段ボール箱の寝床でゆっくり休ませてもらうことにした。
ここまで気も張りっぱなしで疲れてたんだな、その夜は夢も見ないでぐっすり眠れたよ。
つづく
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