「フーテンのトラさん」09(コムギ)
「みぃ物語」(みぃ出産編)で登場した『トラさん』の物語
前回はこちら
「トラさん、せっかく故郷へ帰れたのにまた出て行っちゃったの。」
「仕方ねぇだろ。」
「そこにはもう『新しい秩序』ってもんができちまってたからな。」
「俺のわがままで無益な争い事を起こすわけにはいかねぇだろ。」
「それでトラさん、その後どこへ行ったの?」
「俺か?」
「とりあえず一度港に戻ってタキさんに報告に行ったんだよ。」
(今回は4話連続シリーズです)
コムギ
神社を出てからは裏の山を越えて港に戻ったんだ。
山って言ってもちっちぇ山だからよ、2,30分もあればあの小さな寺の裏に着いたんだ。
さて、港へ急ごう。
まずはタキさんに挨拶だな。
「何だ、トラ」
「お前帰って来たのか?」
「タキさん、そうなんだよ。」
「やっぱりあっちには『新しい社会』が出来ていてよ。」
「まあ、当たり前っちゃあ、当たり前なんだけどな。」
「それでやっぱり出てきちまったよ。」
「あっ、今回はちゃんとお嬢さん達に挨拶してきたぜ。」
「サクラちゃんはどうだった?」
「会えたのか?」
「いや、会えなかったよ。」
「でもよ、良い人の所にもらわれていって幸せに暮らしてたよ。」
「ちらっと遠目にサクラの姿も見れたしな。」
「そうか、そりゃ良かったな。」
「ところでトラはまた暫くここにいることにしたのか?」
「行く当てもないし、暫くここにいることにするよ。」
と、まぁこんな報告をしてまた港生活を続けることにしたんだ。
* * *
暫くして秋も深まってきた頃かな、小さな寺の門の前に見慣れない子がいたんだ。
綺麗なピンク色の首輪をつけてな。
どこぞの箱入り娘か?
ここいらで首輪をつけてる猫なんていねぇしな。
どこからか迷ってきたのかもしれない。
俺はその時ふっと寺の前で横たわっていた子を思い出しちまった。
こんなところにいたら危ない!
俺は脅かさないように遠くから、
「お嬢ちゃん。」
って声をかけてみた。
その子は振り向いて俺を見るなり逃げ出そうとした。
「お嬢ちゃん、逃げなくてもいいよ。」
「俺は何にもしないから。」
その子は立ち止まってこちらを見た。
目に警戒心を抱きながら。
「大丈夫、俺はお嬢ちゃんに危害を加えたりしないからよ。」
「安心しな。」
「お嬢ちゃんはどうしてここにいるんだ?」
「逃げてきたのか?」
「帰る場所が分からなくなったのか?」
そんなことを聞いてると、その子も少し警戒を解いてくれたみたいだった。
「そっちへ行っていいか?」
「その道はな、自転車がかっ飛んでくるから危ないんだ。」
「その寺の中へ入って話を聞かせてくれないか?」
まだ完全には信用していない様子だったが、その子は寺の門から中へ入って行った。
俺はなるべく脅かさないように、ゆっくりと寺の方へ歩いて行った。
門から寺の中を見ると、その子は木の根元に半分隠れて俺の方を見ていた。
「・・・本当に何もしない?」
「威嚇したり、追いかけてきたりしない?」
その子はおびえ切っていた。
おそらく、良くない奴らに追いかけられて逃げてきたんだろう。
「俺はそんなことしねぇよ、安心しな。」
「・・・本当?」
「・・・良かった。」
よっぽど怖い思いをしたんだな。
やっと少し俺の事を信頼してくれた様子だった。
「俺もそっちへ行っていいか?」
「うん。」
俺はゆっくりとその子の傍へ近づいていった。
「俺はトラって言うんだ。」
「名前は?」
「私はコムギ。」
「おうちに帰りたいんだけど、おうちがどこか分からなくなってしまったの。」
「外の猫さん達ってみんな怖い人ばっかり。」
「でも、トラさんみたいに優しい人もいるのね。」
「いやぁ、別に優しかねぇけどよ、世の中悪い奴ばっかりでもないぜ。」
それからコムギは安心したのか、この寺へ来たいきさつを話してくれた。
要約すると、
ちょっとした出来心で家から出てしまった。
↓
近所のボス猫に見つかって追いかけられた。
↓
必死で逃げて、やっとそのボス猫の縄張りから出て一息ついた。
↓
家へ帰ろうと歩いていると、また違う猫に追いかけられた。
↓
また必死で逃げた。
何度かそんなことがあって、気が付いたらこの寺のあたりに来ていたらしい。
「お嬢ちゃん、安心しな。ここいらには追いかけるような猫はいないよ。」
「・・・。」
「・・・、私、おうちに帰りたい。」
コムギは泣き出してしまった。
「おいおい、泣くなよ。」
「俺が責任をもって家まで送り届けてやるからよ。」
泣いているコムギを見ていると不憫になっちまってよ、思わずそう言っちまったんだ。
言ってしまったからにはコムギの家を探してやらないといけないんが・・・。
かと言って、当てがあるわけでもないし・・・困ったな。
つづく