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「フーテンのトラさん」17(タマには話せねぇな)
「みぃ物語」(みぃ出産編)で登場した『トラさん』の物語
前回はこちら
「トラさん、それで温泉の生活はどうだったの?」
「何か面白いことはなかったの?」
「そうだなぁ、何があったかなぁ」
・・・あっ、
変な事を思い出しちまった。
この事はタマには話せねぇな。
内緒にしておくか・・・
「い、いやぁ、ちょっと今すぐには思い出せねぇから、思い出した時にでも話してやよ。」
「だから今日は飯でも食って寝ようぜ。」
ふぅ、
危ねぇ、危ねぇ・・・
トラはちょっぴり甘酸っぱい出来事を思い出したのであった。
タマには話せねぇな
「あら、あなた、『ニャン吉』さん?」
トラが宿の庭を歩いていると、上の方から声が聞こえた。
トラは声のする方を見上げると、隣の宿の二階の窓が少し開いていた。
その中からこちらを見ている白い子と目が合った。
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おおっ・・・、
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「あなた、『ニャン吉』さんでしょ?」
その子はまたトラに話しかけてきた。
「源さんがいっつも大きな声で、『ニャン吉』、『ニャン吉』って言ってるもの。」
「あなたの事でしょ?」
「お、お嬢さんはもしや、ユキさん・・・ですか?」
「そう、私はユキ。」
「私の事、知っていてくれているの?」
「いやっ。」
「ユキさんの事はですね、あのぅ、宿のおかみさんから、お噂を兼ねがねお伺いしておりましたもので。」
「そうだったのね。」
「ニャン吉さん達はすごいわね、お外を自由に歩き回れて。」
「私はね、生まれた時からずーっとこのうちの中で暮らしているの。」
「だから外へは怖くて出て行けないの。」
「でもね、ここから外を見るのは好きなんだ。」
「なんにもすごくなんかありませんですよ。」
「外なんて危険なこともいっぱいありますんで、おうちの中でごゆっくりお過ごしになられる方が、いいに決まってますよ。」
「それに、ユキさんにはその方がお似合いですし。」
なに訳の分からない事を言ってるんだ?、トラよ。
「ふふふ、ありがとう。」
「ニャン吉さんは優しいのね。」
「やめて下さい、お嬢さん。俺はそんな柄じゃあございませんよ。」
「それに俺は『ニャン吉』ではなく、本当は『トラ』っていいやす。」
「源さんが勝手に『ニャン吉』って名前を付けてそう呼んでいるんですけど、本当の名前は『トラ』なんです。」
その時、宿の中から源さんが出てきた。
「ニャン吉、お前どうしてそんなかしこまった変な声で鳴いているんだ?」
うわっ、源さんじゃねぇか。
るっせぇな、なんでこんな時に出てくるんだ?
『なんでもねぇよ!』
源さんは隣の宿を見上げて、ユキちゃんに気付いた。
「なんだ、隣のユキじゃねぇか。」
「ほ~ぅ・・・、さてはお前・・・、」
『うるせぇんだよ、源さんは!』
『そんなんじゃねぇって言ってんだろ!』
「やめとけ、やめとけ。」
「ユキはお前には高嶺の花だ。」
「逆立ちしたって手が届かねぇよ。」
だからそんなんじゃねぇって言ってんだろ。
早くあっちへ行ってくれよ!
トラは心の中で焦っていた。
「分かった、分かった。」
「邪魔者は消えてやるよ。」
そう言うと、源さんはニヤニヤしながら宿の中へ入って行った。
「源さんって面白い人ね。」
「いや、ただのうるさいジジィですよ。」
「ふふふ、そうね。」
「私、源さんがいっつも大きな声で『ニャン吉』って呼んでるから、てっきり『ニャン吉』さんだと思ってたの。」
「本当は『トラ』さんだったのね。」
その時、隣の宿の女将さんの声が聞こえてきた。
「ユキちゃーん。」
「どこにいるのー?」
「あっ、おかあさんだわ。」
『はーい、ここにいるわよー、今行くねー。』
「おかあさんが呼んでいるから、私、行くわね。」
「またね、『トラ』さん。」
そう言い残してユキは部屋の奥へと消えていった。
おお~っ、聞いたか?
「あなた、ニャン吉さんでしょ?」
だってよ!
ってことは、お嬢さんはこんな俺の事を知っていてくれたって事だよな。
俺の知らないところでずっと俺の事を見てたのかな?
いや、そんなはずはないか。
こんな俺を見ててもつまらねぇだろうしな。
でもよ、
『あら、ニャン吉さんって素敵ね』
『恥ずかしいけど、思い切ってお声をかけてみようかしら』
な~んて事だったのかもしれねぇしな。
本当の名はトラなんだけどよ。
まぁそんなことはどうでもいいか。
いやいや、どうでもよくねぇよな。
まあ、『トラ』だって訂正しておいたから大丈夫だよな。
最後には『トラ』さん、って呼んでくれたしな。
それによ、『またね』って言ってたよな。
ってぇ事は、窓から見える所に居ないとな、声をかけられないよな。
そうだよな。
いや~、それじゃあ仕方がねぇなぁ。
このあたりを重点的に歩き回らなくっちゃいけねぇな。
よ~っし、明日から忙しくなるぞぉ~!
・・・いや、待てよ。
そうは言っても、四六時中ウロウロするのも変だよな。
どのくらいがいい塩梅なんだ?
そうだなぁ、一日5回くらいか?、それとも10回?
いや、10回はさすがに多いだろ。
う~ん、何回にしたらいいんだ?
・・・いかん、いかん、何を考えてるんだ、俺は。
少し冷静にならないとな。
そうだな、少し頭を冷やさないといけねぇな。
考えててもしょうがないや、ちょっくら神社まで散歩にでも行ってくるか。
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「痛てっ!」
「何だこの石ころ野郎!」
「俺様に楯突く気か!?」
いやいや、トラさん、あんたが勝手に石につまづいただけなんですけど・・・
「まったく、どいつもこいつも俺に楯突きやがって。」
いや、だから誰も楯突いてなんかいないって・・・
何だかよくわからない事を言いながら、フワフワとした足取りで神社の方へ歩いて行くトラであった。
つづき・・・はあるのか?