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第117回「地理教育における参加型学習の導入と開発教育教材の意義と課題」

今回は、千葉県で勤務されている先生より、地理教育における開発教育についてご報告を頂きました。

1.新学習指導要領と地理教育

新学習指導要領(2018年告示)は、これからの時代に求められる21世紀型の学力は、3つの資質・能力であると規定した。「知識・技能」、「思考力・表現力等」、「学びに向かう力・人間性等」である。これらの育成を促すために、主体的・対話的で深い学びの実践が推奨されている
こういった状況下で必履修科目として新設された「地理総合」は、地理的課題への探究的な問いを重視した主題的アプローチを採用している。地理総合がSDGsを意識しながら社会参画と自己実現を目指す科目として位置づけられるのであれば、内容知と方法知の双方における革新が図られる必要があるだろう。

2.地理教育と開発教育の意義

地理教育の本質は、現代的諸課題の解決と持続可能社会の形成に向けて、当事者意識を持って参加・行動する「市民性」の育成にあると考える。市民性の育成は、「地理教育国際憲章」(1992年)の中で既に地理教育の目的として言及されていた。
地理学における重要概念として、「位置と分布」、「場所」、「人間と自然環境との相互依存関係」、「空間的相互依存作用」、「地域」の5つが挙げられる。これら5つをもとに現代的諸課題を分析・考察しようとする考え方は、地理総合が目標に掲げる地理的な見方・考え方と合致している。
地理教育の特徴は、地理的な事象や地域の特徴について分析・考察することで課題を発見し、その解決方法や持続可能な社会の実現に向けた計画を立てるプロセス(構想プロセス)を学ぶことにある。このプロセスを通じて、市民性を育成することができるといえる。

続いて、地理教育と開発教育の共通項について考えたい。諸文化の多様性を理解し、それを認め、実情に合わせた形での地域づくりの在り方を考えていくことが「開発」なのだろうと思う。それが人間開発、社会開発に繋がり、持続可能な開発に結び付いていくのだろう。
そこで重要となるのは、社会と自分との接点を見出し、社会の在り方について自分で考えることである。開発をめぐる諸問題の構造的理解を試み、解決への道を模索するという探究的プロセスが求められる。

3.地理教育と参加型学習

参加型学習の特徴は、教師による一方的な知識の伝授ではなく、学習者どうしの相互作用の中で、新たな発見が生み出されていくという点にある。地理総合においては、地形図やGISを駆使する中で、討論、発表などの協働活動が加わることにより、参加型学習を成立させることができる。
市民性育成をねらいとした地理教育を確立するにあたって、参加型学習導入には意義があると考えられる。「何を学ぶのか(What)」と同様に、「いかなる方法で学ぶのか(How)」といった方法知の視点を強調しながら、単元を構成する必要があろう。一方で、学習目標を明確化していくことは、これまで以上に求められる。

4.地理教育と開発教育教材

開発教育協会(DEAR)が発行する教材集を基に、開発教育教材の特徴と課題について考える。教材を使用する際には、そのまま用いるのではなく、日本社会、学校、生徒の実情に合わせて内容を編集するのがよい。また、地理という教科のねらいとの整合性も意識されなくてはならない。
では、地図や統計情報を多用する地理の授業において、開発教育の視点を採り入れることにはいかなる意義があるか。グローバル化をテーマにした地理の授業では、諸地域の結びつきを空間的に把握し、考察を加えることが主な目的となる。そこに開発教育の視点を採用すると、諸問題を多面的に考察し、自分たちの生活に及ぼされる影響を把握し、最終的には持続可能に向けた政策提言へと至るプロセスを辿ることになる。このことは、社会認識と市民性を統合することを意味し、望ましい授業の在り方を提示しているといえよう。

5.「地理総合」の実践に向けての今後の展望

グローバル化の進展と同時に、様々な問題が深刻化する今日、持続可能な社会をいかに構築するかが課題となっている。SDGsが注目される中で、生徒たちが地球市民としての自覚を持ち、ささやかな取り組みへと繋がり得る学習が「地理総合」には求められている。開発教育の視点を採り入れることで、学習内容が深まり、多様な学習方法が活用され、生徒一人ひとりの学習成果を重視した活発な授業が展開されることが期待される。

6.授業実践紹介:単元「白身魚からタンザニアの抱える課題について考える—『ダーウィンの悪夢』を視聴しながら」

地理総合の内容B(2)「地球的課題と国際協力」の授業実践。白身魚ナイルパーチを入り口として、南北問題をもたらす国際経済システムや、アフリカ諸国が抱える問題に対する認識を深める(参考文献に記載あり)。

質疑応答

  • 地理教育における「未来志向性」の特性とは?
    地域を基盤に社会との接点を見出そうとするところに、地理学の独自性があると思う。地理教育においても、地球的視野を持ちながら身近な地域に参画していく、そのための能力を育むことを意識していく必要がある。

  • 開発教育の視点を地理に導入する際、注意すべき点は?
    探究のプロセスをきちんと踏まえていること。課題解決のプロセスというものをどういう風に教師が捉えていくのか、それに沿ってどのように単元構成を練っていくのか、小単元をどういう風に絡めていくのか、といったところ。

  • 「途上国はいつかテイクオフして、先進国になっていく」という時間軸を基礎にして授業をしているのか?
    そうではない。先進国になるのは良いことなのか、経済開発で見かけ上の豊かさだけを享受することが本当に幸せなのか、といったところは通るようにしている。途上国/先進国という分け方に対する疑問もある。

  • 「未来志向性」に関連して、生徒が思考した未来のシナリオを、ビジュアル化させることはあるか?
    システム思考的なものを採用し、ループ図や関係構造図を描かせている。正しいかどうかは別として、生徒が事物同士を関連付ける活動は重要。

議論:市民性育成に関わる地歴・公民科の役割

  • 市民性って何だろうという話になった。社会参画や他者理解のことなのかなと思う。子どもたちにとって、外の世界(身近ではない社会)に目を向けて興味を持つことは難しい。尼崎→兵庫→日本→世界と視野を広げていって、外の世界との接点を作ることが教員の役割かもしれない。

  • どこをゴールとするかについては、様々な考え方がある。問題の構造を理解するところまでなのか、問題解決のシナリオを構想するところまでなのか、アクションを起こすところまでなのか。アクションを起こすことをゴールとした場合、「もしかしたら社会は自分たちの力でより良くなるのかもしれない」という心のエネルギーが生まれることも期待できる。

  • 地歴・公民科にしか担えない役割について考えた。「問い」を基にした授業の中で、究極的には生徒の意思決定であったり、価値判断、価値選択に揺さぶりをかけられるという点は、この教科に特有のものだと思う。

(参加者14名)

参考

湯本浩之・西岡尚也・黛京子編著 2024.『SDGs時代の地理教育—「地理総合」への開発教育からの提案』学文社.


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