能が呼び覚ますもの
先日、初めて、能を観た。
景清と、狂言の鎌腹を挟んで、船弁慶。
初めてなのに、とても懐かしい感じがした。
お囃子の笛や太鼓の音は、こどものころの夏祭りを思い出させる。
謡の響きは、祖父を思い出させる。
父方の祖父は、飲んでご機嫌になると、いつも謎の唸り声を長々とあげていた。
歌のようであり、詩のようでもあり、よく分からなかったけれど、祖父のあれは、謡(もどき)だったのかも。
父も父方の祖父母も亡くなった今となっては、聞くこともできないけれど。
能の主役(シテ)は、面をかける。
景清の面はとても古いものらしいけれど、本物の人の顔のよう。
母方の祖母の家の記憶が、よみがえる。
こどものころ、祖母の家に泊まりに行くと、離れの寝室の壁にかけてあるお面が怖かった。電気を消しても、ぼうと浮き上がってくるような気がして、背を向けて寝るのだけれど、見られている気がする。
能を観ながら、あの心細い気持ちや、広々とした部屋を思い出した。
祖母に聞いてみると、あのお面はもともと翁と媼と二つあって、翁は割れてしまい、媼だけになったらしい。
祖母がまだ元気でいてくれてよかった。
能を観ながら、過去の自分に出会う。
そんな、不思議な体験だった。