明治東亰恋伽紅月夜の婚約者試し読み
ー起きてよ、芽衣ちゃん。
頭の中で誰かの声がした。
聞き覚えがある気もするが、はっきりとはわからない。そのくせ、ひどく懐かしいのが腑に落ちなくてつい、眉間の皺が険しくなる。思い出せないもどかしさに寝返りを打つ。
ー芽衣ちゃん、そろそろ起きなくちゃ。
とは言われても、そう簡単にはいかない。だって目覚まし時計のアラームはまだ鳴っていないのだ。あのけたたましくも忌々しい音が朝を知らせるまでは、一秒たりとて早く起きてやりたくはないと芽衣は思う。
「おや、よく眠っているじゃないか。無防備な小娘だねェ。ふふ、喰ってやろうか」
今度は耳元で、別の誰かの声がした。やけに艶っぽい女性の声だ。
(喰う?)
夢にしてはやたらと臨場感のある響き。けれどもその内容は穏やかではなく、ふわふわとした心地のいいまどろみが引き潮のように遠ざかっていく。
「ねェ、あんたの得意なまじないをかけておくれよ。人間の肉なんざ百年ぶりなんだ。腹でも壊したらコトだからね」
「そっとしといておやり。だいたいあんた、丙午生まれの若い男が専門だったろ?」
かたわらに複数の人の気配を感じた。一体なんの話をしているのだろう?
でもいまは、まぶたを開けることすら億劫だ。会話の内容は気になるものの、まぶたの重みが目覚めを拒否する。あと少し、まどろみの浅瀬で揺蕩っていたいと思う。
「それにほら、よく見てごらんよ。この子は・・・・・・」
耳元でそよぐ、甘ったるい吐息と囁き。
冷たい、冷たい指先がすっとー首筋を撫でた。