溺愛したりない。(試し読み6)
【side 高良】
その日は、珍しく学校にいた。
学生証が必要になったけど、今まで一度も使ったことがなく、ロッカーに入れっぱなしなことを思い出したから。
一応担任にも補習の件で呼び出されていたけど、それは無視でいい。
とっとと学生証を取って帰ろうと思ったのに、教室に近づくにつれ中から声が聞こえた。
「委員長のおかげで、うちのクラスは安泰だ」
誰だよ・・・・・・ちっ、わざわざ放課後の人が少ないだろう時間帯に来たのに。
クラスメイトやほかの生徒に会うのは鬱陶しい。
女には近寄るなって言っているのにうじゃうじゃ集まってくるし、教師は俺の顔色を伺うように気持ち悪い視線送ってくる。
そういうものに、もううんざりしていた。
教室の中を見ると、担任とひとりの女子生徒がいた。
真面目そうな、いかにも優等生な風貌をした女。
雑用しているのか、プリントをまとめては角を留めている。
「いえ、私は全然・・・・・・」
「まあ、委員長の代わりに、うちには手のつけられない問題児がいるけどなぁ」
「え?」
担任が、困ったようにため息をついた。
「獅夜だよ。全く学校に来ないし・・・・・・困ったもんだ・・・・・・」
・・・・・・うぜぇ。
問題児扱いされているの知っているし、こんな奴を担任とも思っていないけど。
「まあ、もうやめるつもりなのかもしれないけどなぁ。やる気がない生徒がひとりいると、ほかの生徒たちが悪影響を受けることがあるから・・・・・・みんなが委員長みたいにいい生徒だったらいいんだけどな、はははっ」
なら、もうしつこく家に連絡を入れるのもやめてくれ。
お望み通り、やめてやるから。
もともと、高校に行くつもりはなかった。
将来、不動産経営をしている親父の仕事を継ぐことは決まっていたし、高卒認定さえ取れればいいと思っていたから。
胸糞悪くなり、その場から立ち去ろうとした時だった。
「私は、その人のことは知りません」
女の綺麗な声に、思わず足を止める。
さっきまでボソボソと喋っていた声とはちがう、透き通るような、心地いい声だった。
俺は昔から女が嫌いで、甘ったるい声も甲高い声も、その全部が耳障りだったはずなのに・・・・・・この女の声にはなぜか、嫌悪感を少しも覚えなかった。「私は会ったこともないので、いい人かはわかりませんけど・・・・・・悪い人かどうかも、わかりません」
さっき一瞬見えたその女の姿は、絵に描いたような優等生だったから、そんなことを言うのが意外すぎた。
振り返って、教室の中を覗く。
はっきり見えたその女の顔。