明治東亰恋伽(試し読み8)
すらりとした佇まいを彩るのは、金糸で精緻な刺繍が施された白い軍服。肩には金の肩章が揺れている。ひとめで位の高い人が着るものだとわかる衣装を、目の前の青年は気負いなくスマートに着こなしていた。
やけに完成度の高いコスプレだなあと、ぼんやりと芽衣は思う。
失礼は承知でついじろじろと見てしまう芽衣を、彼もまた興味深そうな面持ちでじろじろと眺めている。ひとしきり観察しあってから、二人は同時に目を合わせた。
「ふむ。実に合理的な洋装だ」
青年は腕を組み、何やら感心したように頷いている。
「必要最低限の布地を用いた簡素な意匠。華美に傾くことなく機能性だけを重視した様式は実に斬新だ。いや革新的と言うべきだろうか?いささか前衛的すぎるきらいがないわけではないが・・・・・・」
「?」
「その際立ったポリシィもさることながら、なにより特筆すべきは仕立ての良さだ。どこの国の職人に作らせたんだい?巴里か、それとも伯林かな?」
「え・・・・・・と、多分メイドインジャパン だと思いますけど」
たかが制服にそこまで興味を持たれるとは思わず、芽衣は首を傾げながら答えた。
「ほう?舶来物ではないのかい。では横浜の仕立屋だろうか?確か以前、外国人居留地に腕のいい職人がいると耳にしたことがあるのだけどね」
「?そうなんですか・・・・・・」
よくわからない。
むしろその軍服はどこで調達したのかと、こっちが聞きたいぐらいだった。既製品なのかオーダーメイドなのか知らないが、作りはかなり本格的だ。本物の軍服など見たことがないから比べようもないのだが。
「鴎外さん。してるんですか」
その時、若い男性の声が近づいてきた。
「こんなところに無理矢理連れてきておいて、ほったらかしにされても困ります」
「ああ、すまない春草」
軍服の彼は、やって来た青年に軽く手を挙げて応える。
「なにか収穫はあったのかい?おまえのことだから、早々に絵のモデルでも見つけてよろしくやっているのかと思っていたのだよ」
「絵のモデルどころじゃありません。ここは人が多すぎるし、空気が悪くて目が痛い・・・・・・まだ細民街の野良猫を相手にしている方がましです」
「ははっ、さもありなんだ。しかし春草、たまには猫ではなくご婦人を追いかけてみるのも一興かと思うが?世の女性は住々にして猫のように気まぐれだが、猫ほど逃げ足は速くないという事実を我々男子はもっと喜ばしく思うべきだ。そうだろう?」
「賛成しかねます」
短く答えてから、「春草」と呼ばれた青年はゆっくりと視線を芽衣に移した。
年は自分と同じくらいだろうか。物憂げな眼差しが印象的な青年だ。学生帽と詰め襟で身を包み、癖のある長い髪を無造作に束ねている。
(・・・・・・よかった、仲間だ。仲間がいた)
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