明治東亰恋伽(試し読み2)
「・・・・・・わああぁっ!」
氷のような感触に、眠気が吹き飛んだ。
綾月芽衣は声を上げながら飛び起きる。と同時に、反射的にサンドテーブルと手を伸ばしていた。そこが目覚まし時計の定位置だからだ。
しかし芽衣の右手は、むなしくも宙を切る。
なんの手応えもないことを不思議に思いながら、芽衣はごしごしと目をこすった。
(いま、何時?)
あとどれくらい眠れる余地があるのだろう。部屋の中が薄暗いということは、まだ夜明け前なのだろうけどー。
ふいに寒気がして、芽衣は自らの身体を抱きしめた。
寒いのもそのはずで、さっきからびゅうびゅうと風が吹き抜けていく。もはや隙間風などというレベルではない。室内にいるというよりは、まるで野宿しているかのような風通しのよさで。
「あ・・・・・・れ・・・・・・?」
土埃を孕んだ風が、か細いつぶやきをさらう。
ぺらりとめくれる制服のスカートを手で押さえながら、芽衣は改めて周囲を見回した。
ぼんやりと視界に映るのは、薄闇の降りる空と風に揺れる木々。遠くに光る街灯がかろうじてベンチと東屋を照らし、ここが公園らしき場所であるということを示している。
きちんと整備された広場と石畳の小径。かなり規模の大きな公園のようだが、そのわりには街灯の数が少なくて心許ない印象だ。どこからともなく聞こえる犬の遠吠えがただでさえうら寂しい雰囲気と相まって余計に薄気味悪さを演出する。
(ここ、どこ?)
まったく見覚えのない景色を前に、思考が混乱をきたす。
そもそもなぜ、野外にいるのか。てっきり自分の部屋の暖かいベッドで目覚めたものとばかり思っていた。なのにいまの自分ときたら、パジャマではなく制服のまま、固いベンチをベッド代わりにして夜風に吹きさらされている。
いや、この脈絡のなさはきっと夢に違いないと、芽衣は開き直りにも似た気持ちで立ち上がった。
(赤い・・・・・・)
かすかに震える手をぎゅっと握りしめ、仰ぎ見る群青の夜空には赤い月。
妖しい輝きを受けた錆色の雲が、ゆるりとどこかに流れていく。その行方をぼんやりと見ていたら、一度はなりを潜めた不安が急に鎌首をもたげてきた。
「・・・・・・帰らなきゃ」
自分に言い聞かせるように芽衣はつぶやく。とにかく、ここではないどこかに行きたかった。できれば今すぐに馴染みのある場所に駆けつけ、見慣れた景色を見て安心したい。夢なら夢で一刻も早く目覚めて、現実の生活に復帰したい。
「ああ、よかった!こんなところにいた!」