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ナポリタンムッシュ④ #どこにでもいる普通のサラリーマン
郊外の最寄駅に着いたが、家に帰る気になれず、いつもと違う道を歩いた。夏の少しぬるい夜風を浴びながら歩く郊外の住宅街は、家の灯りが心地よく目に映って、なんだか妙に落ち着く。
「ナポリタン…ムッシュ?」
ポップなイラストが描かれた赤と緑の派手な看板が目に入った。ジャムおじさんみたいな人がナポリタンを持っているイラストだ。少し古びているものの、お店は洋風で上品な外装。入り口の横に置かれた普通の植木鉢には、とても綺麗なマゼンダ色の花が咲いている。
小綺麗なのか小汚いのか、上品なのかポップなのか、一見どちらとも言えない風貌のお店だが、そこがなんだか気になってしまう。
「いらっしゃいませ。カウンター席へどうぞ。」
店内はこぢんまりとしており、地元の人でテーブル席は埋まっていた。ちょうど母親ぐらいの年齢の店員さんがメニューを持ってきてくれた。スラっとしていて、小綺麗な雰囲気の方だ。
メニューは思った以上に凝っており、オシャレなサラダから定番の洋食、ガッツリ食べられる生姜焼きなんかもあった。写真付きで値段はそこそこだがクオリティはかなり高そうだ。
そんな中で看板メニューはなぜかナポリタン。そういえば、ナポリタンを最後に食べたのはいつだっただろか?昔よく母親がお昼に作っていたのを思い出して懐かしくなり、ナポリタンとアイスコーヒーを注文した。
「お兄さん、お腹空いてるところ本当にごめんね。お持ち帰りの注文が立て込んでて10分くらい待って頂けますか?」
「あ、えーっと。全然大丈夫ですよ。」
「これ常連さんからのお土産。よかったら召し上がって下さい。」
先ほどの店員さんが、福岡のお土産「通りもん」を冷たいアイスコーヒーと一緒に先に出してくれた。先輩ばかりの事務所にいるせいか、独り暮らしの家と会社を往復する生活の中で、久しぶりに自分が誰かに丁寧に扱ってもらえたような気がした。
久々に食べる通りもんの味にホッとしていたが、仕事のことがまた頭によぎってくる。アイスコーヒーで通りもんの甘ったるい味を流し込んで、胃の中にしまった。