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宮沢賢治の童話「どんぐりと山猫」に学ぶ、想像力を引き出す表現(前半)


 宮沢賢治の童話に学ぶ、想像力を引き出す表現を「どんぐりと山猫」を通して考えてみた。長くなったので、今回は前半だけです。

1.どうすれば、自分の想像力を使う読者・観客になれるのか?

 ネガティブな感情を生む空想からわくわくどきどきの想像力変換する。

おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。
かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                山ねこ 拝
 こんなのです。字はまるでへたで、墨すみもがさがさして指につくくらいでした。

出典:「どんぐりと山猫」宮沢賢治著 青空文庫

 「どんぐりと山猫」はシンプルな物語。
 いきなり山ねこから、めんどうな裁判へのおかしなはがきが届く。
 状況設定もわからず、奇妙なはがきで、読者を強引に引っ張っていく。
これは「注文の多い料理店」も同じ、何が起こっているのかわからないまま進み、わからないまま終わり、ぞっとしたり、寂しくなったりする。
 世界観そのものが謎というのはかなり高度なドラマ進行だ。
 海外ドラマで言えば※「LOST」だろうか?それを100年前の子供の童話で展開する。
※「LOST」2004~2010年、謎だらけの島で起こるアメリカABSのドラマ
 賢治の童話は、わからないけどわかる。そこがなのかもしれない。
 で、かねた一郎のリアクションは?

 けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。はがきそっと学校のかばんにしまって、うちじゅうとんだりはねたりしました。
 ね床にもぐってからも、山猫のにゃあとしたや、そのめんどうだという裁判のけしきなどを考えて、おそくまでねむりませんでした。

出典:「どんぐりと山猫」宮沢賢治著 青空文庫

 なぜ、かねた一郎はうれしくてとんだりはねたりしてるのか?と考え出すと楽しめない。ちなみに私が、考えてみる。
 わけのわからない山猫からの依頼。めんどうな裁判なんて関わりたくない。そもそも山猫って誰?…。不安になり憂鬱になる。
 ここで小説家・大江健三郎の言葉を引用すると…。

 あいまいなものにたって行う古層へ心の動きを、空想・空想するとし、よりはっきりした根拠にたつ、しっかりした心の働きを、想像・想像するとして柳田は使いわけているのである。(中略)
 空想・空想するには、人間の心の働きとして、マイナス・消極的しるしがついており、想像・想像するには、プラス・積極的評価しるしがついている。

出典:「新しい文学のために」大江健三郎著 岩波新書

 「どんぐりと山猫」を読んで、私は、わけのわからない山猫の裁判をぼんやり空想して、現代では、関わりたくない(マイナス・消極的)不安になり、憂鬱になってしまう。
 ただ表現の場では、わからない設定で物語が始まったら、とりあえずその設定を受け入れる。そして主人公に乗っかる。
 よくわからないけど、かねた一郎はうれしくてたまらないらしい。
 とんだりはねたりしている。こちらは大丈夫か?と心配して、はらはらどきどきしている。
 なぜ?謎だ?だと思うと謎解きしたくなる。
 原因は、きっと山猫からのおかしなはがき。
 一郎は大切そうにそっとしまった。
 送り手はどんな山猫?めんどうな裁判ってどんな裁判?
 想像と疑問がわき、一郎と同じようにわくわく(プラス・積極的評価)してしまう。
 想像力を使う受け手は、作者の異化(くたびれた日常を見なれない不思議なものに変える)の戦略を受け入れ、主人公にのっかり、これから起こる出来事に細心の注意を向け、想像しながら楽しむ。

2.どうすれば、受け手の想像力を引き出す作品が作れるのか?

 この事を宮沢賢治自身がこの童話集「注文の多い料理店」序文に書いている。

これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。

出典:「注文の多い料理店」序文、宮沢賢治著、青空文庫

 自然と人間というざっくりした見方ではなく、確かな対象(林、野原、鉄道線路、一瞬の自然現象、虹や月明り)の特別な瞬間(柏林の青い夕方、十一月の山の風の中)で、どうしてもこんなことがあるようでしかたないと想像した事を書いただけ。賢治はそれを心象スケッチと呼んだ。

3.対象に意識を向けた映像描写とオノマトペ言葉の異化表現

 読者や観客の想像力を引き出す作家は、その制作過程で、自らの想像力をフルに使って表現している。
 具体的にどうするか?対象確かなものにする。
 やまねこはどんなやまねこか?どんなはがきで、かねた一郎を誘うのか?かねた一郎はどんな道のりで、やまねこに会いにいくのか?
 神は細部に宿る。想像力は確かな細部観察から生まれる。
 ありきたりではない、確かな対象の特別な瞬間を作者の目でみつけても、くたびれた使い古された表現で伝えては、特別な瞬間は伝わらない。
 そこで表現者は、自分しかできない新たな表現方法を見つける。
詩人でもある宮沢賢治は、見慣れない言葉で特別な瞬間を表現する。
 童話の映像描写と賢治独特のオノマトペの表現を見てみる。

 一郎が眼をさましたときは、もうすっかり明るくなっていました。おもてにでてみると、まわりの山は、みんなたったいまできたばかりのようにうるうるもりあがって、まっ青そらのしたにならんでいました。
 一郎はいそいでごはんをたべて、ひとり谷川に沿ったこみちを、かみの方へのぼって行きました。
 すきとおった風ざあっ吹ふくと、栗の木ばらばらと実をおとしました。一郎は栗の木をみあげて、
「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかったかい。」とききました。栗の木はちょっとしずかになって、
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」と答えました。 

出典:「どんぐりと山猫」宮沢賢治著 青空文庫

 一郎が部屋から外に出ると広大な景色の中、まわりの山がいまできたばかりのようにうるうる盛りあがるという表現は、森がき生きと生きている様を、その上の真っ青な空の対比で描く。
 生き生きとした自然描写の後、一郎の行動描写。透き通った風が「ざあっ」と吹くと、栗の木は「ばらばら」と実を落とす。
 そして一郎は栗の木に話しかけ、栗の木はそれに答える。栗の木を見つめ、自然の中で栗の木と一体になり、言葉を交わす。一郎は同じように、山猫が、通らなかったか、笛ふきの滝ぶなの木の下のたくさんの白いきのこ、くるみの木の梢の栗鼠(りす)に聞く。
 想像力がないとただの殺風景な森かもしれない。田舎の寂しい怖い森かもしれない。しかし、木々をある一定の時間みつめ、太陽の光が変化したり、
風が吹いたり、木々の葉っぱが揺れたり、実が落ちたりしたら、なぜか幸せな気持ちになる。
 観察力と想像力を使うとなんでもないくたびれた場所がドリームランドになる瞬間を味わう事ができる。
 栗の木は実を「ばらばら」落とし、笛ふきの滝「ごうごう」谷に落ち「ぴーぴー」答える。ぶなの木の下のたくさんの白いきのこ「どってこどってこどってこ」変な楽隊をやっている。

引用:版画絵本 宮沢賢治「どんぐりと山猫」文 宮沢賢治 画 佐藤国男  子供の未来社

 次にくるみの木の梢に栗鼠「ぴょん」と現れ、木の上から額に手をかざし、一郎を見ながら「山猫は南へ行った」と答え、一郎は前に進む。

  一郎は谷川の南の真っ黒な榧木(かやのき)の森の急な坂道を、汗を「ぽたぽた」落とし上ると「ぱっ」と明るくなって、眼が「ちくっ」として、黄金色の草地が現れる、
 草は風に「ざわざわ」鳴り、山猫の馬車※別当が現れる。
※別当:馬を飼ったり、乗馬の口取りをする人。
 オノマトペだけを抜き出すと「うるうる」「ばらばら」「ごうごう」「ぴーぴー」「どってこどってこどってこ」「ぴょん」「ぽたぽた」「ぱっ」「ちくっ」「ざわざわ」読んでいるだけで、リズムあり、楽しく、いつの間にか幻想世界へ導かれる。

4.そもそも想像力は、日常でどんな役に立つのか?

 想像力は何の役に立つのか?想像力があると世界の様々なものと自由に交流が持てる。人間社会に疲れたら自然動物、植物、石、星、星座、宇宙でもいい。好きなモノと好きな事は夢中になる。
 夢中になっている時は、対象をしっかり見る。見ていたら想像力が生まれる。宮沢賢治の場合、地質学土壌学から肥料設計天文学から「銀河鉄道の夜」のような文学や「星めぐりの歌」のような音楽。
 の災害や貧困、不条理な現実に対する祈りから宗教、法華経やキリスト教への信仰が生まれる。

 宮沢賢治は1896年、明治29年、三陸大津波、大雨、大洪水、そして陸羽大地震、赤痢、チフス、様々な災害と感染症の病気が大流行した岩手県花巻で生まれた。
 1904年8歳で日露戦争開始、1914年、18歳、第一次世界大戦開始。津波、大雨、大洪水、地震、コロナ禍、世界各地での戦争勃発、宮澤賢治が生きた時代と今が重なる。
 今の生きづらさ、閉塞感を打ち破る想像力を全ての人が持ち、多面的に、しあわせに生きる事を目指す。想像力を使って夢や希望を見つける事。
 宮沢賢治の作品は、今とこれからを生きる人間に大きなヒントを与えているように思う。 





宮沢賢治「やまなし」とクラムボンの事を書いた記事です。


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