イタズラなKiss 最終話の続き(6)
ずるっ。
帰ってきた入江くんは、またたく間に、総変えされた名前習字に驚いた。
「あ、入江くん。お帰りなさーい」
広直、正直、由直、晴樹、智樹、樹生、、美琴、真琴、琴音、愛子、菜々子、桃子、麻里子……などなど。
「よくまあ。呆れるを通り越して、感心するよ」
「ダブルお父さんや、裕樹や理美達にも聞いてね。たくさん考えたんだ」
「これでも、だいぶ絞ったのよ」
「……」
「ねっねっ。どれか気になるの、ある?」
「どう?どう?どうっ?」
三方向から、入江くんを覗きこんだ。
「なんか、ぴんっときた名前ある?」
「……」
頭を押さえていた入江くんが、ふと名前候補たちを見た。
「あっ、何々?気に入ったのあった?」
「いや」
「何だか、直樹と琴子の漢字に酔いそーだね」
「まー。失恋しちゃう。自分とマイワイフの名前でしょーっ」
(……)
☆彡
夜、ベッドの中。
「よーし。明日は季節をイメージする漢字。これでいこう!今が冬だから、ひーふーみー。あ、夏に生まれるのね」
「秋だろ」
「そっ!?そうよねー」
あたしは恥ずかしさに、えへへと本に顔を隠す。
「お前、試験よりも、勉強してない?」
「あたぼうよ!だってー。楽しいんだもん」
「オレも楽しーよ」
「へっ!?」
入江くんのつぶやきに反応してしまった。
「た、楽しいの?入江くん」
「楽しいよ」
「な、何が?」
無言だった入江くんが、目を閉じてふっと笑った。
「いや、お前と出会ってから、色々あったなーと思って。お前に人生、波風たてられて、振り回されて、刺激のある飽きない生活を送らせてもらってさ」
「……」
あたしは青くなった。
確かに一度や二度、いや、三度や四度?迷惑はかけたけど……。
「でも、そのおかげで自分の夢に進められた。それに、その夢にお前が追っかけてきてくれて」
(……)
あたし、褒められてる?けなされてる?
「戴帽式の言葉」
「え?」
「……」
入江くんは目をつぶると、諳じた。
「われは心より医師を助け、我が手に託されたる人々の幸のために身を捧げん」
入江くんがすらすら朗読する姿に、
「覚えてるの……」
あたしは……少し感動してしまった。
「忘れないよ。一生」
入江くんはふっと笑んだ。
「まさかオレがって、イラつくこともたくさんあったけど」
「オレは楽しいよ。お前と出会ってから、ずっと」
「入江く……」
入江くんはあたしにKissしてくれた。
「あたしも……幸せだよ」
二人でKissをして、微笑むお互いを覗きあった。
「そういや」
肩ごしに抱き合った入江くんが思い出したようにいった。
「壁に貼ってあった候補に琴音って、あったろ」
「あっあれ?お母さんが思いついたのよ。実は、前の妊娠疑惑の時にも、お母さんが考えてくれた名前なの。かわいーよね」
両手の指の先をついて、あたしはうれしく思い出す。
「ふーん。いーんじゃない」
「へっ?」
あたしはびっくりした。
「何だよ」
「いやあ。入江くんの口から、名前が出るなんて思わなくて……、あっ!でも、まだ男の子か女の子か、分からないんだよ!?」
「今さらお前がそれをいうか……。まっ、お前か、おふくろに感化されたかな」
「……初めて聞いた心音」
「え?」
「二人で聞いたろ?力強い心音だって、お前みたいに元気な子だといーなと思って」
「た、大変だよ?あたしみたいだと」
「そーだな」
入江くんは目をつぶりながら、ふっと笑った。
“お兄ちゃん、あれで浮き足だってるのよ”
「ふふ」
「何だよ」
入江くんはいじわるそうに、にやっとあたしの顔を覗き込んだ。
「お前と出会って、幸せだってことを娘に覚えておいてほしいんだよ」
(あ……)
“あたし達、直樹と琴子って名前で出会ったでしょ。そのことを、赤ちゃんにも伝えられたらって思ったの”
胸の奥が温かくなって、あたしは幸せに笑んだ。
「琴音ちゃんかあ……」
あたしは上を向いて、その響きを味わった。
“ことちゃん”、“ことねちゃん”
(そういって、入江くんが赤ちゃんを抱いてくれるのかな……。ことちゃんって、あたしが入江くんに呼ばれてるみたい。照れちゃうなー)
ふふっとあたしがニヤついてると、
「琴っていう字」
「え」
「決して折れない真っ直ぐさがあるんだよ」
入江くんはあたしを見た。
「お前にに似た、おふくろいわく、明るくて、元気で、あいらしい女の子、がいーな」
「い、入江くん」
「天は二物を与えねーし。他は見込めないかもな」
「……ふふ」
あたしは笑った。
「でも、どうして女の子?」
「だだのカンだよ」
「ただ、オレのカンは外れないけどな」
クスッ
「そーだね」
きっと今以上の刺激のある大変な生活が待ってる。でも、どんな子が来ても、どんな障害があっても、
あたしと入江くん。
2人の愛のパワーで、2人で乗り越えていこーね。
「入江くん」
「色んなことを話そうね。赤ちゃんに。あたし達のこと」
「ラブレター突き返すとこからな」
ムッ
「そんな冷血人間がやきもち妬いて」
あたしは不意打ちに入江くんにKissした。
「パパになっちゃうほど、あたしに夢中になるまでの話をね」
入江くんの顔にはしょうがないなっ、ていう苦笑。
「ザマーミロ」
あたしは懐かしい言葉を使った。
「ったく」
「もうずっと、まいってるよ。お前には」
入江くんも。
「お前みたいなやつ、他にいないよ」
あたし達はもう一度、笑ってKissをした。
fin.