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The Heathenに関するあれこれ
このプロジェクトを始めるまで「この曲はなんかよ~わからんな~」、「何について歌ってるんやろ?」という思いを抱えながら長年謎のまま放置していた曲が実はいくつかありました。
そのうちのひとつがこのThe Heathenでした。
日本でアルバムExodusがリリースされた時(1977年)つけられた曲タイトルは「異教徒」です。
確かにheathenで英和辞典を引くとそう書いてあります。でもいきなり「異教徒」って言われても何のこと?って感じですよね。
訳者<ないんまいる>も勘違いしてましたが、「ラスタ以外」って意味じゃないんです。
「英語&翻訳解説」でも書きましたが、heathenはユダヤ教、キリスト教、イスラム教を信じない人を指す宗教用語です。
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この3つの宗教には旧約聖書を聖典とし、そこで語られている唯一神=アブラハムの神(God of Abraham)を信じるという共通点があります。
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アブラハムの神を信じない人たちがheathenです。
この曲のモチーフになっているのはアブラハムの神を信じるユダ王国(Kingdom of Judah)の人々の侵略者との戦いです。
侵略者はバビロニアの兵士たち(異教徒)です。彼らはソロモン神殿(Solomon’s Temple)を破壊し、ユダ王国を征服しようとしました。
ソロモン神殿とは、ソロモン王(King Solomon)によって紀元前10世紀中頃にエルサレム(Jerusalem)に建てられたユダヤ教の神殿のことです。
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アブラハムの神を信じる人々にとってソロモン神殿は絶対的な聖域でした。
神がモーセ(Moses)に与えた十戒(Ten Commandments)を記した石板(stone tablets)を収めた「契約の箱(Ark of the Covenant)」が安置されていたからです。
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契約の箱は「聖櫃(Holy Ark)」とも呼ばれます。
ハリウッド映画インディ・ジョーンズ・シリーズ第一作目「レイダース/失われたアーク《聖櫃》(Raiders of the Lost Ark)」のアークです。
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なぜ「失われた」かと言うと、ソロモン神殿の崩壊と共に行方不明になっていまだにどこにあるのか分からないからです。
契約の箱が置かれたソロモン神殿を侵略者から守るためエルサレムの周囲には壁が築かれていました。
ソロモン神殿があった当時のエルサレムはこんな城塞都市だったようです。
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神殿を建てたソロモン王の死後、イスラエル王国は南のユダ王国と北のイスラエル王国(Kingdom of Israel)に分裂します。
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イスラエル王国はすぐアッシリア帝国(Assyrian Empire)に滅ぼされてしまいますが、エルサレムを首都とするユダ王国は残ります。
しかしアッシリアを滅ぼした新バビロニア帝国(Neo-Babylonian Empire)がユダ王国に攻め入り、紀元前586
年にエルサレムを制圧します。
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この時、エルサレムの街だけではなく、ソロモン神殿も火を放たれて完全に破壊されてしまいます。
征服されたユダ王国の住民の多くはバビロニアに強制移住させられました。
このエピソードが次の曲Exodusで歌われているバビロン捕囚(Babylonian captivity)です。
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以上、簡単に経緯だけまとめましたが、エルサレム陥落とそれに続くバビロン捕囚をモチーフにして書かれたのがこの曲The Heathenと次のExodusです。
大切なものを奪われて、心の拠りどころを破壊され、囚われの身になって遠い国へと連行されたユダ王国の民が味わった苦難はボブたちアフリカ系の人たちにとって拉致され奴隷として強制的に異郷に連れて行かれた先祖の体験と重なるストーリーです。
でもどれほど長く続いたとしても苦しみには終わりがやってきます。神の偉大な力によって奴隷状態から解放されたユダヤ人たちはバビロニアから約束の地パレスチナへと帰って行きました。
ボブたちラスタがバビロン(Babylon)と呼ぶ非人間的な現代社会のシステムに囚われた我々も次の曲Exodusで自分たちが本来いるべき場所=愛と希望がある場所へ帰還することになります。
最後に神殿のその後についてちょっとだけ。
バビロニアから戻ったユダヤ人たちは彼らのリーダーとなったゼルバベル(Zerubabbel)の下、4年がかりで神殿を再建しました。
しかし異教徒との最後の戦いとなったユダヤ戦争のエルサレム攻囲戦(Siege of Jerusalem)でこの第二神殿もローマ帝国の軍勢によって完全に破壊されてしまいます。
今では城壁の西側の部分しか残っていません。
この残った城壁が有名な「嘆きの壁(Wailing Wall)」です。
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以上、今回は曲のモチーフとなったソロモン神殿を守る戦い、神殿を守る理由、ユダ王国の滅亡、バビロン捕囚についてざっくりとまとめてみました。それじゃまた~。